旅に、出た。

バス乗ったり、島行ったり。マニア2人の共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

タグ:兵庫県

こんにちは てらです。
山陽線と山陰線を結ぶ鉄道路線はいくつかあるが、中国山地と吉備高原に挟まれた地域を走る鉄路がいくつかある。
広島から三次を結ぶ芸備線、他にも岡山と津山を結ぶ津山線などがある。
兵庫県の姫路から北西に進路を取り、佐用や津山を経由する姫新線に乗ったことがなかったので乗ってみることにした。
倉敷から新見まで普通電車に揺られること約1時間、新見へ。
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芸備線と姫新線の乗り換え駅になっている。
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新見駅は特急やくも号がすべて停車するほかほとんどの普通列車の運行系統が別れており、伯備線の運行拠点の一つになっている。
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四方を山に囲まれた新見、伯備線に沿うように街があり新聞社の支局や金融機関の支店、NTTの局といったものが集まっている。
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キハ120形1両に乗り込むと、空調の効き考慮してかカーテンがすべて閉められていた。
炎天下の撮り鉄の後、発車前に寝こけてしまってふと目が覚めたタイミングでは20分も寝ていたようだ。
しかし、新見から二駅目、丹治部を出たばかりだったのでちょっとびっくり。
JR西日本は利用が極端に少ない区間において落石や法面の崩落の危険がある箇所を中心に徐行区間を設けている。分水嶺を越える新見から2,3駅の区間もそれに該当する。
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津山に到着。津山の乗り換え時間は3分とせせこましい。
以前、乗り換えで駅前をうろうろした時は津山線に乗ったがここから先の区間は初めての乗車となる。
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左から津山線、姫新線の新見行き、姫新線の佐用行き。
鉄道が好きな方でご存じの方もいると思うが、一番右の車両は島根県の浜田に所属し山陰線や三江線を走っていたが転属し岡山エリアで走っている。
乗った佐用行きが満員…どうやら十数人規模の乗り鉄ツアーをやっていたようだ。当然ながらカメラを回すのも憚られる混雑だった。
美作土居、美作江見など開業当時の雰囲気が残る駅も通ったのだが駅舎をきちんと見るのはまた次の機会にでも…。
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佐用駅 智頭急行と駅を共用している。40分ほどの乗り換え時間があったが暑かったのでホームで待たず駅の周りをぐるりと歩いた後に改札口の待合室で涼んだ。
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佐用でキハ122形に乗り換える。
姫路~上月の兵庫県の区間は兵庫県の輸送改良事業により新型車両が入り、CTC制御化され、所要時間も短縮しと近代的な路線に姿を遂げている。
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盛夏、ぐんぐん育つ稲を見ながら姫路へと向かった。播磨新宮で2両の列車に乗り換えたがお客さんの数が段違い。
姫路で降りるときには2両の電車も出口に近い車両は満員だった。

陰陽連絡線はいしくんと木次線に乗車しました。豪雪だったためタクシー代行でした。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
前回、神鉄粟生線の続きとなります。
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神鉄粟生線を乗り換え、私が向かったのは北条鉄道の乗りば。JR東日本で走っていたキハ40系でお役御免になったものを購入し、走らせている。加古川線の接続を受けると車内はキハ40系目当ての人で一杯になった。
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青森県、秋田県を走っていた五能線の塗装そのままである。
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驚くべきところは内装のいたるところが五能線を現役で走っていたままにしてあるところである。座席番号や禁煙のステッカー、ワンマン運転中に運転士に話しかけない旨の注意喚起のステッカーも五能線時代のままであった。
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中づり広告はすべてキハ40がデビューした際のもので、それだけ北条鉄道がキハ40形をカンフル剤としたいのがわかる。
この日は終日運用に入る日だったので、立ち客が出るほどの利用であった。
本社の方が改札を行っていたがみるみる一日乗車券が売れていくのでびっくりした。
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20分ほどで終点北条町へ到着。フリー切符は往復運賃と同額なので来た記念におすすめ。しかしながら北条鉄道線は日中一時間に一本、駅巡りをしようとすると行ったり来たりしなければならず、待ちぼうけになる時間帯もある。
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そこでみなさんにおすすめしたいのが自転車付きのフリー切符。往復運賃に加えて160円で自転車を借りることができるので、天気が良くて時折涼しい風が吹く季節は自転車で回るのも面白いかもしれない。
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終点の北条町から自転車で15分ほどで播磨横田に着く。ホームに桜とツツジが植えられている駅なので、桜の季節は見ごたえがあるかもしれない。
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津軽平野にもこんな風にホームに気が植わっている駅ってあったりするのかな…?と思いながら一枚。
興ざめな話だが、いまはグーグルマップのストリートビューで駅前の写真が一通り見れてしまう…。雰囲気のいい駅はあれど、ホームに大きな木が植わっている駅はなさそうであった。
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更に隣の長駅へ。北条鉄道は沿線活性化の一環でボランティア駅長という駅を管理しながら様々な活動がされているのだが、長駅は婚活相談所が設けられていた。
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長駅の駅舎は登録有形文化財にも指定されており、列車の往来も雰囲気がある。
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長駅そばの第四種踏切を通る列車。五能線で走っていた時と比べるとワンマン運転に対応するために運転台横にミラーがついているが、そのへんも塗装をそろえてくださっているからか目立たない。
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更に自転車を漕ぐこと10分 播磨下里駅。旧国鉄から転換された北条鉄道だが地方私鉄のようなこじんまりした駅舎が特徴。
こちらも登録有形文化財だそうだ。この時は訪れなかったが新たに交換設備が設けられた法華口の駅舎が一番有名かもしれない。
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こうして比べると、キハ40形の重厚感を感じる。
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終着駅の北条町へ自転車を返却。本社機能と車庫機能があるので北条鉄道線の中では一番立派な駅だ。
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留置されているフラワ2000形。北条町駅で取られている写真はこの構図の写真がとても多く、ショッピングセンター(生協)と駅が併設されているのかなと最初ほかの方の写真を拝見して思っていたが、北条町駅とショッピングセンターの間には道路が通っている。
自転車を漕ぎながらいろいろな駅や写真を撮っているとあっという間の一日だった。また桜のきれいな季節にお邪魔したい。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
100万都市の神戸から有馬、三田、三木や小野方面に広がる路線を持つ神戸電鉄。
神戸側の終点、新開地ではひっきりなしに列車が発車するが、終点側は1時間に1本という区間を抱えている。
そんな神鉄粟生線に今回は乗ってみた。
粟生に行くのは実は2回目で、初めての時は乗ってきた列車で往復したのだがその時の写真があまりない。
普通粟生行きの列車に新開地から乗ると、進行方向1番前の車両は座席が8割ほど埋まるほど混んでいた。粟生線は進行方向前側に出口のある主要駅(鈴蘭台西口、西鈴蘭台、志染、三木など…)が多いからだと思われる。_MG_2959
(写真は往路で乗った車両を帰りに新開地で撮影したものなので行先が文章とは異なります…)
三田方面と線路が分かれる鈴蘭台で後続の準急に接続して発車、座る位置にこだわらなければ後続の準急でもよかったんだなと後から学ぶ。
粟生線は「粟生線活性化協議委員会」というものが組織されており、皆さんも想像のつくであろうが、利用者の減少による慢性的な赤字に悩まされている。
ピーク時の利用者数の半分以下までに落ち込んでいるが、阪神淡路大震災の爪痕がまだまだ産業面では残っていたり、地下鉄沿線の開発が進んだりといろいろな要因が絡んでいるようだ。
また、住宅地まで乗り入れるバスで乗り換えなく三宮まで乗り換えられるというのが神鉄にとっては痛いほど効いているようだ。
なるほど…確かに沿線を見ていると、最寄り駅と言えるところに区画の大きな住宅地が広がっているが、確かに乗り換えなしでバスで通勤できればバスの方が便利かもしれない。
線路のそばではなくちょっと離れたところに道路とセットで宅地開発がなされているというのもなかなか利用が伸びないところなのだろう。
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また、勾配が多く鉄道の特性である「高速」が発揮しきれていない箇所も多い。勾配に対して力強い走りが見れるといえばそれはそうなのだが…。(写真は丸山~鵯越を走る神鉄1000形)
車内の利用者もまばらになってきたので、せっかく一番古いタイプの車両に乗っているのだしということで、車内の写真を撮ることにした。
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一面の緑のトンネルが車内を明るく照らす。市場~小野を走行中の車内にて撮影。
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終点の粟生に到着。接続がある程度考えられており、加古川線の上下列車が瞬く間に到着した。
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帰りも1000形に乗車できた。お手軽ローカル線の楽しい乗り鉄 と言ってしまえばそれはそうなのだが、1時間に1本という本数や車内の利用者の少なさは看過できない問題であると感じた。
(このページの作成者 てら)

こんにちは、てらです。
突然ですが、フットワークがふと軽くなることってないだろうか? それが今回は長崎発、神戸空港行きの飛行機の中でふと思い立つことがあった。
(なんで長崎に行ったのかは、時間のある時にこの辺の記事(千綿駅大浦支線)を読んでくれると嬉しい。)
そうだ、和田岬線に乗ってみよう。神戸空港で飛行機から降りて、足早に三宮行きの新交通、ポートライナーに乗り、地下鉄に乗って和田岬駅へやってきた。
地下鉄の和田岬駅の出口を出てすぐ、JR和田岬駅が見える。
そもそも、和田岬線とは山陽本線の兵庫駅から出る支線で、和田岬駅と兵庫駅のわずか一駅を結ぶ路線なのだ。わずか一駅というだけでも珍しいのだが、特筆すべきは列車の本数で、日曜日は2往復しか運航されていない。(参考:和田岬駅 時刻表)もともと、近隣の工場へ勤務する人たちへの便宜を図ったものであるため土日の本数は僅少となっている。
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なんとも、寂しい駅舎。写真中央奥に列車が止まっている。
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19時7分発の普通兵庫行きが間もなく発車するところ。
この写真で鉄道が好きな方は おっと、思われるかもしれない。ここでは数少なくなった103系が6両で運行しているため、それ目当てで乗りに来る人もいる路線である。
19時ということもあり、車窓は暗闇が続く景色なのだが、和田岬駅を発車してすぐの駅より北側のエリアは意外にも住宅地が広がっており、運河を渡って更に北側に行くと工場が線路の両側に建ち並んでいる車窓が広がっている。
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2.7㎞の行程を5分かけて終点の兵庫駅に到着した。
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ドアの横にある戸袋窓は埋められているものの「田」の字型の窓枠や車内の扇風機など、103系に乗ること自体が多くないため、まじまじと見いってしまった。
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10分程度で折り返すため、折り返しの準備が整えられていた。一区間しか走行しないものの、ワンマン運転するための設備がないそうで、全列車で車掌が乗務している。
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やや特殊なのが兵庫駅の和田岬線ホームの構造。兵庫駅の券売機で切符を購入して、中間改札機に通して乗るようになっている。
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和田岬線の駅が和田岬のみであるため、乗車区間が容易に特定できる点や、券売機の保守整備を考えると、このような方式の方が運用コストを下げることができるのかもしれない。
そんなわけで、旅行帰りであるにもかかわらず、この一区間に乗るために一時間近く回り道をしてしまったが、和田岬線を全線走破させることができた。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
今回は珍しく重い腰を上げ、2019年の秋ごろに新快速の終着駅へ行って観光してきたので記事にします。

そもそも、新快速に馴染みのない地域にお住まいの方は新快速といわれてもピンと来ないと思う。
JR西日本エリアを走る新快速は、福井県の敦賀、滋賀県各地と兵庫県の播磨地域を結ぶ長距離の快速である。京都〜大阪〜三ノ宮では私鉄と速達性、利便性で熾烈な争い繰り広げている。
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そんなわけで、行き先ではよく見かけるけれど、降りたことがなかった播州赤穂駅で降りる。ちょっとこぼれ話になるが、旧国名の一部に州をつける表記(奥州、信州、泉州)はJRでは珍しく、JR西日本では播州赤穂のみだそうだ。
赤穂というと、赤穂義士のゆかりの地である。赤穂藩主浅野長矩(ながのり)の切腹に抗議し、吉良上野介を斬りつけた事件だ。
まずは駅前の自転車駐輪場のレンタサイクルサービスを利用し、赤穂藩の家老ゆかりの神社大石神社へ。
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大石神社は赤穂浪士の討ち入りを行った大石良雄を祀った神社である。浅野長矩に対する仇討が叶ったということから、大願成就の神社として知られている。
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神社の鳥居のそばに赤穂浪士討ち入りの一連の絵が並んでいた。
鳥居と神門をくぐり境内に入る。
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赤穂浪士に対して幕府が切腹を命じた手前、このように赤穂浪士を祀る神社の創建はしがたかったのもあってか、神社の創建を許可されたのは1900年に入ってからだそうだ。
大石神社の南側には赤穂城跡がある。
赤穂城跡の北側は公園となっていて、秋晴れの天気ということもあり、近隣の幼稚園生が先生と散歩をしていて微笑ましかった。
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赤穂城は戦後になってから復元が進められ、現在も復元が進められている箇所がある。
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本丸表門、門の部分は平成8年(1996年に)に再建された。本丸の中には庭園がありゆっくりと歩いてまわることができる。
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こちらは赤穂城の玄関にあたる三之丸大手門 赤穂城の一番北側にあたる門で、昭和30年(1955年)に復元されたものだ。
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大手隅櫓と三之丸大手門
赤穂城から自転車を播州赤穂駅に向けて北へ。
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赤穂城から播州赤穂駅までは狭い路地が続く。
そんな路地を自転車でゆっくり巡っていると、正面に見えてくるのが花岳寺(かがくじ)だ。
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花岳寺の本堂。花岳寺は歴代赤穂藩の菩提寺となっており、大石良雄の墓はもちろん、浪士の墓もある。義士の墓所および宝物館については入場料を支払わなければならないが、資料の多さには圧倒される。
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大石名残の松 初代名残の松は枯れてしまっているため、こちらは二代目だそうだ。大石良雄の母が亡くなったときに植えたもので樹齢300年を越えていたそうだが虫害により枯れてしまい、今は境内の千手堂に飾られている。
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古い建物が立ち並ぶ路地を自転車で回り、播州赤穂駅へ戻った。姫路から小一時間と、ちょっと足を延ばして観光というにはちょっと辛い距離だが、十分見ごたえがあった。

(このページの作成者 てら)

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