旅に、出た。

バス乗ったり、島行ったり。マニア2人の共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

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こんにちは てらです。
ちょっと思い立って21時前の新幹線に乗り込んだ。降りたのは、相生。
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何度か在来線の乗り継ぎで使ったことはあるけれども降りたのは初めてだった。
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誰もいない待合スペース。それもそのはず。21時過ぎ。上り列車を待つ人の姿もない。
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新幹線と在来線が一体となった改札。この日は保線工事の関係で山陽本線、赤穂線の一部上り列車の時刻が変更となっていた。
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私が乗っていた新幹線から降りた乗客も足早に改札からロータリーへ、各々の迎えの車が待つところへ散り散りとなった。
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誰もいないホームに立哨の駅係員が階段付近に立ち、放送が流れる。
向こうから眼光のように鋭い二筋の光が現れ、私は何度も設定を確認しながらカメラを握る手が強くなる。現れたのは500系。そう、この姿を撮りたかったのだ。
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ダイヤ改正で深夜時間帯に岡山~新大阪間で通過待ちをする500系の列車が無くなる。わずかな停車時間、あれもこれもと思いを巡らせシャッターを切ったが時間が足りなかった。
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やや不完全燃焼の気持ちもありながらも、6号車指定席に乗り込む。かつて16両で運転していた時代の指定席車両だ。
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深夜の新大阪行きのこだま。利用者もまばらななか晩酌しながらひと時を過ごした。
2027年の引退まであと1年余り。事故なく最後まで走り続けてほしい。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
すっかり仕事以外で新幹線や特急に乗る機会が無いいま、いしくんからのお誘いで愛知県は豊橋市へ。
初めて駅前をうろうろしたが、東三河の中心的な都市で新幹線が止まるとあって立派な構えだ。
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市内電車やひっきりなしに出入りするバスを一通り眺め、改札へ。
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そうか、頭ではわかっていても一部区間では競合している名古屋鉄道が乗り入れている関係で改札を共用しているのか…。普段利用している人にとっては当たり前の光景でもどこか新鮮である。
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一角に名鉄のサインピクト、切符売り場もある。そうか、名鉄の代名詞はパノラマスーパーなんだなあ…。
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そんなわけで、改札からホームに降りると停車していたのは特急伊那路。昔はワイドビューという名称を冠していたが、2022年にワイドビューが外れ、伊那路に変更となった。3両編成と身軽な編成。車両を更新するタイミングで快速化されてしまわないのだろうか…というお節介ながらも心配してしまう。
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なるほど、平日にしては自由席もそれなりの乗車率。相席はないけれど4割くらいの座席は埋まっている。飯田線そもそもの本数の関係からか新城や本長篠でもまとまった降車があり普段使いされていることがよくわかる。
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本長篠を過ぎると1両辺り十数名に。車窓に合わせて進行方向右側の席に移ったりしながら景色を車窓をいいとこどりした。
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並走している川は宇連川。鳳来峡といった景勝地も沿線には点在する。
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中部天竜で伊那路2号とすれ違う。あちらも乗車率は3,4割
駅は急カーブに位置して発車後すぐに加速をやめそろりそろりと走るが、駅を抜けるとダム湖による線路の架け替えの関係から、トンネルを小気味よく走った。
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根羽村、売木村と並び長野県南端部に位置する天龍村。我々はここで下車した。同じ下伊那郡でも鉄道、道路などの開通状況から、根羽村は愛知県とのつながりが強いが天龍村は浜松市天竜区と近いため静岡県と結びつきが強い。
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伊那路号は終点飯田へ向けて発車していった。電車を見送るとちょうど12時の鐘が昼を告げた。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
関西私鉄で各社がこぞって復刻デザインの車両を走らせているが、そのなかでなんとなく食指が動かなかった南海。

一昨年から高野線を走っている無塗装の6000系はピカイチのカッコよさなのだと思い何度か撮影しているが、南海線を走る深緑の復刻塗装は本物を見たことが無い自分にとってあまりピンとこなかった。南海本線を走る特急は名鉄のように一般車と指定車が併結されるのだが、一般車側に7100系の復刻塗装車、指定車側に10000系の復刻塗装車が併結するとなると話は変わってくる。
撮影者でごった返す各駅を横目に紀ノ川まで向かった。和歌山まで行くことはあっても、終点の和歌山市駅の隣の駅で降りるのは初めて。
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紀ノ川橋梁のたもとで撮影することに。撮影者が沢山いる撮影地に比べたら肩ひじ張らなくて済むものの、大阪市内からだと思ったより運賃が掛かるので財布にはやさしくない。8300系の普通車運用。
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和歌山市から加太まで走る加太線もこの線路を走る。この手のヴィヴィットな色は夏の方が撮りごたえがあるかもしれない。海で撮れる場所を探してまたの機会に撮影へ行こう。
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和歌山市を出発して難波へ向かう特急サザン。一般車が上り側に併結されるのだが、南北に走る南海線はなかなか撮影できる箇所がない。
ここは後ろの特急車がトラス橋に架かってしまうものの、7100系側の深い緑色に対して10000系側の軽快な緑色の車体の色合わせは抜群。
雲間から夕陽が刺し、深緑の車体をやわらかく照らしてくれた。
家に帰るとすっかり日が暮れて秋が深まるのを実感する日々、息抜きとしていい撮影だった。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
京阪電車で突然始まった若草色と深緑色の復刻塗装車。どこで撮ろうか迷っていた。
諸兄が撮影しているところのなかでよさそうな箇所があり、稲の発育と青空のきれいだったとある日に出かけた。
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京阪電車の特急を途中で乗り換えて石清水八幡宮駅へ。以前は八幡市という駅名だったが2019年に改称された。
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当駅の上りの隣の駅は京都競馬場でも有名な淀駅。京都市になる。
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このあたりは桂川、宇治川、木津川の三河川が合流する地点に当たる。河川が集まるこのあたりは湿地帯も広がり洪水も多かったようで、江戸時代から繰り返し治水事業が行われてきている場所だ。
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お目当ての電車、何度か構図を調整するも具合よく編成が入り切る箇所が無い…。思い切って青々とした稲穂を入れて写真を撮ってみた。
京阪の若草グリーンと稲の色がほどよくマッチした。
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この日は気まぐれな天気で、旧塗装車が来る前も何度か撮影を試みたがうまく撮れたのは3000系だけ…。
実はこのカラーリングは結構好きで、水都大阪を貫く新路線の開業に合わせて普通車とも特急車ともちがう意匠を打ち破るカラーリングの車両を投入したインパクトはこどもながらに強く、紺というシックな上品さが好きだったりする。

この日は気まぐれな雲行きながら帽子を突き抜けるようなじりじりとした日差しに大粒の汗が首筋をつたるほどの暑さだった。
しかし、撮った写真を見返すと暑さも飛ぶような充実感だった。


(このページの作成者 てら)

出張の用事が早く終わったある日、帰りの飛行機の時間まで少しある。
早い便に振り替えてサッと帰ってもいいのだろうけれど少し寄り道をすることにした。
寄り道したのは田町、新芝運河のあたり。浜松町を出たモノレールは田町付近まで山手線や京浜東北線、東海道新幹線と並走してぐっと進路を左にとって別れるので、田町近辺は意外と撮影地が点在している。
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1000形の登場時塗装復刻車。梅雨の鉛色の空のもとを走り抜ける。
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撮影地として有名な渚橋から浜松町行きを撮影 夕凪橋を初めこのあたりは撮影地が点在しており撮り歩くのも楽しい。
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開業時の塗装を模した10000形の60周年ラッピング車両。東京のウォーターフロントと漁船が浮かぶ港街の境目といったところがよい。
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少し暗くなってきて薄暮に包まれる新芝運河を1000形の登場時塗装復刻車が戻って来た。
東京モノレールと言えば個人的にはこの色で、機会があれば…と思っていたところだったのでうれしい収穫。

(このページの作成者 てら)

こんにちは、てらです。
気づけば6:00前に高知駅前につく高速バスを予約していた。こういうときのフットワークの軽さはなんなんだろうかと時折思う。
家族には明日が休暇であること、夕方には帰ることを告げて日曜日の夜の高速バスターミナルへ
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日曜日の高速バスターミナルは遊びつくしてぐったりした学生や単身赴任先に戻るであろう中年男性といろいろな感情が入り混じっている雰囲気である。
そんななか、電車を撮るために天気予報とGooglemapを交互に見つめる私…。物好き、極まれり。
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バスは定刻より少し早く着いた。4月の大阪はぬるい空気が漂っていたが高知はひんやりとする空気、春の朝の空気だった。
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始発で降りたのは数駅先の土佐大津。最近、趣味人生は長いけれど今後この先この駅で降りることがあるのだろうか…という思いに駆られ、撮り鉄のときに立ち寄った駅で写真を撮ってしまう。
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弾丸でも行きたかったのは田植えが始まった長崎~小篭通の撮影地。後免町から出庫してくる電車を事前に調べられていないなか、やってきたのは島崎和歌子姐。大丈夫かなという一抹の不安。
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交差点の向こうに標準カラーでの電車が見えたので急いで構図変更。ごめんの行先表示を掲げた800形がやってきた。側面まで帯が来ている600形/700形/800形はありがたく撮影。
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田植え直後の田んぼ。コンビニが構図左側の交差点にできてしまい構図を組むのに苦労するものの、路面電車が郊外の田んぼが広がるエリアをのびのびと走る姿は健在である。
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600形の広告カラー電車ばかり来るので焦りを覚える中、土佐電鉄カラーに復刻された207号車がやってきた。
後免町から出庫する最後から2つ目。撮影できてよかったという気持ちですっと心が軽くなった。こういう綱渡りがあるから撮り鉄はやめられない。
高知平野で春を感じた一日だった。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
廃線跡を活用した鉄道公園はいくつかブログでも紹介してきたが、
今回は和歌山有田川町へ車を走らせた。有田川町はいわゆる平成の大合併で吉備町、金屋町、清水町が合併して発足した自治体である。
そのなかでも吉備町内を走っていたのが有田鉄道である。有田鉄道はJR紀勢線に接続する形で吉備町内を走っており、紀勢線の全通前は有田川町の北隣の湯浅町まで路線が伸びており貨物輸送などを行っていた。
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そんな有田鉄道で晩年活躍していたのがレールバスである。
輸送力が小さなローカル鉄道の切り札として開発されたレールバス。バスの部品を流用していることからレールバスという名前で呼ばれ、国鉄から転換された第三セクター鉄道や、電化設備への保守整備軽減の一環として名鉄や近江鉄道など電化されている鉄道でも導入された実績がある。
幼い頃に図鑑で見たレールバスは富士重工のLC-Carなのだが、鉄道写真を撮るようになってからは大半が引退していた。
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そんなレールバスに一乗車100円で乗れるということなので以前から興味を持っていた。
この日は有田鉄道廃止時まで現役だった車両が担当ということで迷わず乗車した。
入館料と体験乗車料金は別となっている。土日に10:30~15:00までおおむね30分ごとに運転されるが、12時台はお昼休みで運転はない。
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動態保存されていることもあってか、ところどころの汚れがまるで現役そのもの。
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バスの部品を流用していて、車体は軽いはずなのに威厳十分。一枚窓がカッコいい。
写真の車両はハイモ180形で以前は岐阜県の樽見鉄道を走っていたが有田鉄道に譲渡された経歴を持つ。
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運転台 座席横のブレーキレバーのような棒はなんなんだろうか…せっかくなので聞いてみればよかった。
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体験乗車のツアーには金屋口駅舎の案内もあり、100円では大赤字なのではないかと思うほど色々と教えていただいた。
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金屋口駅ホームにて一枚。
訓令式のローマ字の大文字で書かれているところに時代を感じる。
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有田鉄道社章
有田川鉄道交流館ではハイモのほかに、富士急行が非電化だった時代に活躍していた両運転台のキハ58形や北条鉄道で活躍していたフラワ1985形の体験乗車も可能であるため、運行日を事前に確認されたい。
(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
三岐鉄道1日乗り放題パスなる切符があり、三岐鉄道の三岐線と北勢線が乗り放題になる切符がある。
お互い北勢線は未踏とのことだったので、久々に一緒に遊ぼうとこのブログの管理人であるいしを誘い合わせて昨年の夏に北勢線へ行ってきた。いしと一緒に出掛けるのは2年ぶり。
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三岐線は近鉄富田から、北勢線はJRと近鉄の桑名に隣接している西桑名から員弁川を挟み込むようにして走る。
三岐線、北勢線をそれぞれ乗り鉄しようとすると、富田から桑名を近鉄ないしは関西線に乗らなければならないが、員弁川を渡って徒歩で乗り継ぐ方法があり、三岐線の東藤原/伊勢治田から北勢線の阿下喜の相互間は徒歩30分ほどで乗り継ぐことができる。
東藤原までお世話になったのは西武の赤電の復刻塗装車。どうしても西武というと黄色のイメージで赤電はちょっとピンとこない。
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当日は天気に恵まれて、大学の時の話、仕事の話、趣味の話をしながら歩いた。
私は相変わらず電車一辺倒だが彼はバスに乗ったり郵便局巡りにも手を出しており、更に沼っている気がした。
こういう他愛もない話をしていると、雲一つない暑い日でも苦にならない。ありがたい。一転残念だった点を挙げるとすれば藤原岳を背に歩いていることだろうか。
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阿下喜駅に到着。改札機もあるし、券売機もあれば、窓口に係員さんもおり、想像の数倍システマティックでビックリした。
ローカル線の終点と思っていたが都市鉄道の一端を垣間見ている気がする。
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入ってきたのは270系と200系をつないだ4連。
三重交通の復刻塗装車だ。ナローゲージの電圧では空調を載せたら機器が悲鳴を上げてしまうのか非冷房である。
調べてみると、車両重量の関係から冷房化改造が進められているものの、非冷房の車両も残っているそうだ。
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駅のホームから一枚。顔のスリムさが際立つ。
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200系と270系の間は運転台を撤去したうえで併結されている。
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西桑名寄りの先頭車両。湘南顔でおでこヘッドライトのいでたちの車両も銚子電鉄2000形や大井川鉄道21000系などあるが数を減らしつつある。この編成が非冷房なのは、200系が連接台車を履いていることから、冷房機器を車上に乗せると台車に掛かる重量が増えてしまうからとの由。この日は東藤原駅から歩いてうだるほど暑かったが、復刻塗装車でかつ、最後まで残ったナローゲージの連接車に乗れるということで我慢した。
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ワンマン用の鏡がある箇所で必ず撮ってしまう構図。駅を出ると山を避けるように弧を描きながら阿下喜の街を進行方向右側に映し出す。先日、そこで写真を撮られている方の写真を拝見したが、街並みと藤原岳が遠くにそびえる素敵な写真だった。撮り鉄な性分なもので、そういう景色も撮れたらなあ…と思う。
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夏の日差しに照らされる鈴鹿山脈を見ながら、非冷房で窓が開いている車内を暑い風が吹き抜ける。
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折角なので途中駅で下車。この時間でも車内の座席の3割ほどは埋まっていた3
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降りたのは阿下喜から2つ目 楚原駅。
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北勢線は西桑名から途中の大泉や楚原で折り返す列車が日中は半分ほどあり、阿下喜~楚原間はおよそ1時間に1本という本数。
近鉄時代に比べて駅間の近い駅を併合したり、交換個所を増やすことで時間帯によって本数を増やしたりといった地道な経営努力がなされており、全駅に改札機が設置されていることからICカードの導入も検討されている。
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下車した理由はねじりまんぽの橋梁を見に行くため。ねじりまんぽとは石材・レンガを斜めに積むことで力が一点に集中しないような積み方の橋梁。コンクリートが一般的に出回る前に架橋された橋梁にみられる。こちらはおよそ100年前に架橋された六把野井水拱橋。
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帰りの電車も非冷房。スプリングポイントを渡って対向列車と交換する。
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楚原から40分ほどで終点の西桑名に到着。列車交換の頻度や、西桑名に近づくにつれて席が埋まっていくのを見ると日中でも利用する人の多さがうかがえた。
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券売機2台に定期券発売窓口があり、改札も3台。多くの人が足早に桑名駅の連絡通路に消えていった。
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特徴的な発車案内。
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西桑名駅は1面1線で縦列停車のような形での停泊も無く、来た電車がそのまま折り返していく。
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片道しか乗らないとちょっと味気ないような気がする反面、行き帰り同じ道のりはちょっとつまらないと思ってしまう性。段々と景色が都会になっていく車窓の変化を楽しんだ乗り鉄だった。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
新年初投稿、本年もよろしくお願いします。
所用で成田へ行く用事があり成田まで来たならせっかく…ということで京成成田駅から電車に乗ること1駅。東成田駅へ。
成田空港開港時の最寄り駅として開業した東成田駅だが、用地買収の激しい闘争を伴う難航による空港の開業の遅れ、都心とを結ぶ新幹線構想の頓挫によって2代目の成田空港駅がターミナルの地下に開業するなど時代に翻弄される形となり、今は空港関係事業の従事者の利用が中心の駅である。
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島式ホームが2つ並んでおり、かつては2面4線だったが、東側の島式ホームのみ使用しており、使用していないホームは照明などが消されており廃止された駅のようだ。
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データイムは40分に1本。人もまばらでホームの端まで来るとがらんとしており時折レールのきしむ音が響く。
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向こう側(西側の島式ホーム)は1991年の新駅が成田空港駅として開業するまで東側の島式ホームと共に使用されていたホーム。薄暗いホームの奥に佇む遺構だ。

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島式ホームだが、東成田から芝山千代田の区間は単線のため一編成が往復するのみ。
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使用されていない西側は当時のホームがそのまま残っている。
広告も当時のものがそのまま残されている箇所がある。掲出期限の契約とかは大丈夫なのだろうかと気になってしまう。(映り込んでいるのは京成スカイライナーの広告なので問題なさそうであるが…)
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改札口は一か所 芝山千代田寄りの階段から撮影。
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ホーム同様、改札口も上野方面の電車が来る時間帯以外は排水、排気の音がする以外はがらんとしていた。
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改札外から改札内に向かって一枚。
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改札を抜けて階段を上がると駅舎のある地上階に出る。
大半の入り口が締め切られており開かなかった。写真にある通り出口となる扉は階段を上がった右側のみ。
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建屋を出て、改めて表敬訪問。
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どこかアメリカのダイナーやガソリンスタンドのような風貌の駅舎。夕方に訪れたがどこかそのような雰囲気がある。
1972年開業の意匠のそのままだ。
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東成田駅の改札の横には空港第2ビルへの直通通路があり、500mほど歩くとターミナルにつながる。
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現在の成田空港駅、空港第2ビルの開業前は空港利用者はシャトルバスないしはこの通路を歩いてターミナルビルと行き来していたそうだ。
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誰ともすれ違うことなく、通路を歩いた。帰りはスカイアクセス線経由で帰宅。本数、速達性共に成田空港の玄関口は2代目の成田空港駅に明け渡した東成田駅だった。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
JRの中でも東海道新幹線という大動脈の運行を支えるJR東海。
東海道新幹線は数えきれないほど利用しているが、在来線特急は乗ったことが無いところも多い。
その一つに高山本線があり、岐阜から飛騨川を遡上し、宮川、神通川と沿うように富山まで至る路線であるが、長良川鉄道に乗車した際に岐阜側の数駅しか乗車したことがなかった。折角なので下呂や高山といった温泉地、観光地を回ることにした。
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名古屋駅を発着する特急のうちひだ、しらさぎ、しなのは10番、11番のりばから発車する。
複数の系統の特急が行き来する駅のホームに掲示されている行先や乗車位置案内を見るのは楽しいが、名古屋駅はホームの下の通路に掲示されている案内くらいでしか見ることができなかった。
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ひだ9号に乗車、乗車前から外国人観光客がホームにわんさか待っていたのでびっくりしたが、最長の8両編成だった。
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HC85系気動車 量産車は2022年から2023年にかけて製造されている新型車両だ。
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期間限定でブルーリボン賞の受賞ステッカーが貼付されていた。
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8両のうち、5両が指定席、2両が自由席、1両がグリーン車。指定席も約半分の座席が埋まっており平日にも関わらず利用率の高さがうかがえる。
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飛騨の伝統工芸の一つである、一位一刀彫が車内に飾られていた。車両ごとに飾られている伝統工芸が異なる。一位一刀彫のほか、岐阜うちわや美濃和紙、飛騨春慶も飾られている。詳しくはこちら ※JR東海運営のサイトに飛びます。
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さて、特急ひだ号は東海道線を最高速度120km/hで駆け抜けた後、岐阜から高山本線に入り、鵜沼付近から飛騨川と並行に走る。
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飛騨川をさかのぼりつつ共に走ること30分、だんだんと川の流れも急峻になっていく。
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鵜沼や美濃加茂の平野から30分ほど走ると白川口に到着する。
白川郷への入り口という意味で名づけられたのかと思いきや、駅の所在する加茂郡白川町から来ているそうだ。※上り列車乗車時に撮影
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美濃と飛騨の境目が白川町と下呂市の境目にあたり、列車は更に飛騨川沿いを遡上するように走る。
飛騨川は水力発電を行うダムがいくつもある。※上り列車乗車時に撮影
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この辺りは川のうねりも大きくなっており、車窓の右に、左に飛騨川の流れを見ることができる。※上り列車乗車時に撮影
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名古屋から約1時間半。下呂に到着。飛騨の玄関口であり、日本三大名泉の一つに数えられる。
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翌日、下呂から高山まで乗車した際に、前4両が富山まで行くひだ号に乗車した。折角なので高山観光の前に解結作業を見学した。
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雪の舞う高山駅前。高山は江戸時代から続く城下町、商家の街並みが重伝建にも指定されており、街歩きを楽しむつもりが思いのほか降雪が強く泣く泣く途中で切り上げを余儀なくされたので、行けなかったところはまた機会があれば…。

月並みな感想だが、ここまで景色の変化が面白い路線だと知っていれば、先代ののキハ85が走っている時に乗っていたら楽しかっただろうなと感じた。
(このページの作成者 てら)

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