旅に、出た。

バス乗ったり、島行ったり。マニア2人の共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

愛媛県の南部、南予地域を鉄道で旅していると、川沿いにそびえる天守閣を横目に列車が走っていく箇所がある。愛媛県の大洲市だ。
鉄道を使って旅行していると、気になる景色があっても後戻りをすることができないのが痛いところ…。
機会をあらためて、関西空港と松山空港の間で格安航空便が就航されているのを期に大洲市街を観光してみることにした。
松山空港から松山駅行きのバスに乗り換えて旅のスタート。
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平屋建てで改札が正面にある地方都市の駅も少なくなってきた気がする。
松山は高松、岡山を結ぶしおかぜ・いしづち号と、宇和島を結ぶ宇和海の乗り換え駅として機能しており、大きなカバンやキャリーケースを抱えている人を多く見かける。
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途中乗り継ぎのついでに内子の町を歩いてみた。内子にも古い街並みが残っている。
飛行機の時間が遅めだったことや、内子で道草を食っていたこともあり大洲に着くと日が傾いていた。
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駅前の大きな鳥居が印象的である。当日は炉端焼きと日本酒で一杯。翌日、どのように歩くかルートを考える。

翌朝、宿の外に目をやると雪が舞っていた。
折角なので朝のお散歩と称して雪の降る大洲の街を散策してみようと思う。
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伊予大洲の駅前に宿を取っていたので、大洲旧市街まで大洲街道を20分ほど歩く。
やがてモノトーンな大洲城址が右手に見えた。
大洲街道から左手、東側に小京都の街並みが立ち並ぶ。
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昭和初頭の建物が残る、古き商店街。雪が舞っている景色は珍しいかもしれない。
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煉瓦館。銀行として昔は使われていたそうだ。
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おはなはん通り。NHKの連続テレビ小説のロケとしても使われた。
おはなはんって聞いたことないなぁと思ったら昭和41年の連続テレビ小説らしく、通りでピンとこないなと…。蔵のそばを流れる水路には手入れが行き届いた花壇が。_MG_1121_convert_20181215214440
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この辺りは明治期の武家屋敷の建物が現存している。
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大洲の古き街並みは、おはなはん通りより北側が昭和初期、東側が明治期の建物が混在しており、ひとまとめに小京都とくくっていいのかなという気がするが、どちらも興味深い。
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肱川沿いは鵜飼の船がしんしんと降り積もる雪をかぶっていた。
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列車の時間に余裕があったので大洲城の周りを一周し、県道43号沿いの繁華街を歩いた。
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歩くこと20分。伊予大洲駅に到着。

大洲から特急に乗り、松山へ戻る。
一日一往復しか航空便が就航していないと、観光できる時間や場所の制約があり、オマケに予讃線の鉄道公団建設区間(向原~伊予大洲間)を降りて道草していたので慌ただしくなってしまった。
天守閣や臥竜山荘に入れなかったのは反省点である。

追記
大洲市を流れる肱川が氾濫したことにより、洪水の被害に見舞われたことは記憶に新しいと思う。もちろん人的な被害もさることながら、鵜飼の鵜も精神的な疲労に見舞われたと聞く。
洪水後も市の観光協会のHPでは積極的にPR活動等を行っているようなので、自分も今回いけなかったところを含め再訪したいと思っている。
松山から特急で35分、松山空港からバスで1時間10分で行けるため松山市内観光と兼ねることも十分可能だ。

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秋田県仙北市角館町 古き良き街並み、秋田県の角館市を街歩きしたときの記事です。

(このページの 作成者 てら)

大分県は温泉地が県内各所にあり、温泉県の異名を持つ。
有名なところであれば、街角にゆけむりが立つ別府温泉や鉄輪温泉、由布岳の麓に広がる由布院温泉、九重温泉や玖珠温泉といったところだろうか。
今回取り上げるのは、大分県日田市の天ケ瀬温泉郷だ。
昔は大分三大温泉地の一つだったが、アクセスのいい別府やリゾート開発が追い風となった由布院と比べるとひっそりとした印象を受ける。

小学生のころ、父親の趣味の登山について行ったときに、九大本線に乗ったのだが、日田駅から山間部を川沿いに走る車窓が突然ぱぁっと景色がひらけて玖珠川沿いの温泉街としばらく並走した景色が忘れられなかった。
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久留米から普通列車で一時間二十分、今回の目的地の天ケ瀬に到着。
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駅の真上を国道のバイパスが横切っている。平地が少ないことを物語る。
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駅前を流れる玖珠川からの景色
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ひなびた温泉街が広がり、川の両岸を挟むように温泉旅館が立ち並ぶ。

天ケ瀬温泉で外すことができないディープなものが、公営の露天風呂
駅前温泉をはじめ、5つの露天風呂がひしめいている。
脱衣所が外から見えるような箇所も多く、ちょっと敷居が高いが、さらりとしたお湯に湯の花が舞っており、外すことはできない。時間もあるので二つくらいめぐってみようと思う。
駅前温泉は地元の利用客が多いため、入浴したものの写真を撮れなかったが、神田湯は入浴者がおらず写真を撮れた。
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ん…?角度をかえてもう一度
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これが神田湯である。脱衣所がないため、水着やバスタオルでの入浴も認められている。
赤い料金箱に100円を入れて入浴。駅前温泉に比べ加水が少ないのか、湯温は高め。
川面と同じ目線でせせらぎに耳を傾けていると、時間が過ぎるのを忘れてしまう。

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ところどころ立ち上がるゆけむりを横目に、天ケ瀬を後にした。

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(このページの 作成者 てら)

一昨年の春のこと
ふと、海が見たくなって青春18きっぷを購入して列車に乗った。

行先は、山陰本線。
日本海の深い青が見たくなったからである。
大阪を9時過ぎに出る丹波路快速に揺られ、海が車窓を占めるようになったのは14時過ぎ。
この日は浜坂、鳥取、米子と乗り継いで益田までただひたすらに急いだ。
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旅は次への宿題がある方がいい。
島根県東部はまた、今度ゆっくり眺めよう。温泉津温泉を再訪したいという宿題もある。
大学時代は(いまでも)、もう一度再訪したい場所のことを「再履修」と呼んでいたけど品が無いのでここではあえてそう呼ばないでおこう…。

前置きが長くなってしまったが、本編はここから。
山陰本線の山口県区間を制覇しようというもの。どこが見どころなのか探りながら、とにかく車窓を堪能するのが目的だ。
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翌朝、キハ120形の単行、長門市行きの始発に乗った。誰も乗っていない…。

話はそれるが、日本海側の県境地域はどこもひょうたんのごとく列車の本数がぐっと少なくなる。
府屋(新潟県)~鼠ヶ関(山形県) 8本
市振(新潟県)~越中宮崎(富山県) 18本
ここも例外ではなく、島根県と山口県の県境(飯浦駅と江崎駅)を通る列車は一日8本。
さて、どんな景色が待ち受けているのか。
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夜が白み、徐々に空と海の境目もはっきりとしてきた。
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県境の集落のない地帯は景色を遮るものが何もなく、一面の海が広がっていた。

列車は萩の街並みを過ぎ、長門市へ通学の学生を乗せ急いでいく。



ハッと起きた。
列車が乗っていた方向と逆方向に動いている。一瞬、何が起きているのかわからなかった。
元来た方向に列車が進んでいるのかと思い、運転室付近にある整理券表に目をやると
「仙崎」
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この顛末を寝ぼけた頭で整理すると。
1.長門市行きの列車がそのまま折り返し時間を経て仙崎行きになる。
2.それに気づかず、惰眠をむさぼり、起きたら仙崎に向けて列車は走っていた。
旅程が崩れてしまい、なんともお粗末であるが、終点の仙崎に到着した。
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もともとは美祢方面への貨物線として開業した仙崎支線であるが、今はキハ120系が7往復するローカル線である。
青海島への航路も近くなのだが、そもそも旅程が狂い予定が大幅に押していることを忘れてはならない。残念であるが同じ列車に乗り、仙崎駅を後にした。
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長門市駅へ戻ると、広大な駅の敷地にぽつりぽつりとディーゼルカーがたたずんでいる。
折角なので駅周辺を散策した。
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駅前には本州最後の定期旅客列車を牽いたD51の動輪が鎮座している。
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広大な駅も、貨物輸送や機関車の機回しなどでひっきりなしに列車が通っていたのかもしれないと目を閉じて想像してみたが、がらんとしておりなかなか想像できなかった。
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長門市は金子みすゞの生誕地ということもあり、金子みすゞをモチーフにした観光列車も走っている。
東京からも大阪からもアクセスしにくいからか、観光地案内をみていると、こんなに観光地があることに驚かされた。
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美祢方面から列車がやってきて、下関から長門市折り返しの山陰本線の列車もやってきた。
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予定より一本後の下関行きに乗り込んだ。
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曇り空が惜しいが、日本海に浮かぶ島々を見ながら列車は西へ走る。
小串まで来ると、線路は海岸線を離れ、列車の本数も増えて乗客も立ち席がちらほら見えるようになった。列車はそのまま終点、下関へ滑り込む。

寝過ごして仙崎まで行ってしまったが、反面いろいろな発見ができたしよい寄り道だった。次回は萩の街並みや青海島、ちょっと足を延ばして角島や秋吉台と周遊してみたい。

探訪データ
2017年3月中旬
益田-1561D-長門市-1625D-仙崎-1626D-長門市-967D-小串-869D-下関

追記
2020年の元旦に、もう一度行きたいなと思っていたところを巡り歩きました。

そして、ちゃっかり温泉津温泉も再訪しました。

よろしければご覧ください。

(このページの 作成者 てら)

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