旅に、出た。

バス乗ったり、島行ったり。マニア2人の共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

人吉市内を散策した後、肥薩線に乗り込む。
人吉市内の記事はこちら


今回紹介する区間は人吉~吉松間の各駅である。詳しくは地図を参照ください。
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乗車する列車は観光列車いさぶろう・しんぺい号である。
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車両自体はありふれている国鉄形のディーゼルカーなのだが、車内はレトロ調になっていたり、
ガラス細工があったりと凝っている。
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大畑、矢岳、真幸と数分ずつ停車し、肥薩線の魅力を存分に味わえるようになっている列車だ。前面展望も映し出され、スイッチバックやループ線を走る列車を車内にいながら楽しめるようになっている。
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人吉を出ると最初に停車するのが大畑(おこば)駅である。
時刻表の路線図のページを見たことのある人ならピンとくると思うが、ループ線とスイッチバックがある駅である。
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大畑駅の駅舎は名刺がびっしり貼られている。駅のなかにも…。
ご利益があるというわけではないようなのだが、旅人の足跡のように積もっている。
大畑駅を出ると、まず列車はスイッチバックするために元来た道を後退する。
そしてループ線を回り少しずつ勾配を登っていく。矢岳越えだ。
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写真の左上奥の方にあるプラットホームが大畑駅。手前に延びる線路がスイッチバックだ。ループ線は山陰に隠れているが、写真上方から左に延びている。
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次に停車するのが矢岳駅。
肥薩線をかつて走った蒸気機関車が保存されている。同じ列車に乗っている多くの人も停車時分を利用してD51を見に行っていた。
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大畑駅とは打って変わってひっそりしている矢岳駅。駅舎のなかも復元され、料金表や時刻表もレトロなデザインとなっている。
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矢岳を出ると、列車は熊本県と宮崎県の県境に差し掛かり、日本三大車窓の一つに数えられる景色が見える。眼前に広がるのはえびの高原、奥にそびえるのは霧島連山だ。
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日本三大車窓を横目に、列車は真幸駅に到着する。肥薩線で唯一の宮崎県に位置する駅だ。
真幸駅は駅の名前にあやかり、鳴らすと幸せになるという鐘が設置されている。
肥薩線の人吉~吉松の各駅は県境に位置することもあり、通学や通勤といった日常での利用がすくなく、また鹿児島本線や新幹線ができた今、熊本と鹿児島を結ぶ幹線からも外れてしまった。
列車の本数も見る影もなく少なくなり、(といっても自分が鉄道を好きになったころから少なかったのだが…)鉄道遺産を生かした観光路線化の取り組みの先駆けとして有名である。
停車時間の間にそのすべてを回り、満足に記録することはできなかったが、また来たいという思いが大切なのだなと改めて思わされる乗車だった。
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終点の吉松に到着。ここから隼人方面の列車を待った。

(このページの作成者 てら)
探訪日 2015年1月4日
追記:嘉例川駅や球泉洞に行けていないのでその辺と一緒にもう一度行けたらなぁと思うこの頃である。

前回の続き
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みなかみ町の水上駅から北に向かうバスは大きく2つある。1つはJR上越線に沿って湯檜曽、土合と北上し、谷川岳ロープウェイに接続する路線。もう1つは、湯檜曽駅手前から右に逸れて藤原集落方面へ向かう路線(地図を見る)だ。今回は藤原へ向かう後者のバスに乗車した。

1. 水上駅→水上温泉
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上越線の土合駅を訪ねた帰り、水上駅には大雪の影響で1時間半近く遅れて14時過ぎに到着した。次の湯の小屋行バスは15:55とだいぶ時間が余るので、駅から1kmほど南に位置する水上温泉へ昼食を食べに向かった。

14:30発の関越交通バス上毛高原駅行で移動した。バスは土合駅よりも北にある谷川岳の麓からやってくるのにもかかわらず、ほぼ定刻で水上駅のバス乗り場に入ってきた。消雪パイプでびちゃびちゃになったバス乗り場からなんとか乗車し、温泉街へ向かった。
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5つ目の水上温泉バス停で下車した。雪国では、バス停にこのような小屋が付いていると大変にありがたい。
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昼食を食べた後、雪の降る中を温泉街のメインストリートを通りながら歩いて駅に戻った。

2. 水上駅→湯の小屋
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湯の小屋行バスは、水上駅を起点として一日6往復している。うち2往復は、途中、外国人にも有名な宝川温泉まで乗り入れる。乗車したのは水上駅を15:55に出発する、終バスの1本前のバス。乗客は6名だった。終点の湯の小屋までは約50分の道のりだ。

水上駅のバス乗り場を出発してしばらくは国道291号を北上する。道は2車線が確保されていて、消雪パイプによる融雪も行われている。湯檜曽駅の数百メートル手前からバスは右手に曲がり、県道63号線に入っていく(地図を見る)。バス停なら、ゆびそ入口もしくは大穴バス停がこの分岐点にあたる。大穴バス停から湯檜曽駅までは徒歩圏内だが、バス車内から見た限りではバス停近くに屋根のある待合場所が無く、歩道も雪で見えなかったので、冬は乗り換えに使わないほうが無難だろう。
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湯の小屋へ向かう県道へ入って程なく、前方に高速乗合バスと書かれた関越交通バスを捉えた。しばらくここから追走することになる。大穴から数km進むと消雪パイプもなくなり、道が雪に覆われ始めた。
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大穴から5kmほど進んだダム管理事務所入口バス停付近で(地図を見る)、前の大型観光バスが止まってしまった。どうやら、前から乗用車数台と4トン級のトラックがやってきて、雪でかなり狭くなったこの場所ではすれ違えなくなってしまったらしい。双方のバス運転士が無線で連絡を取りながら、結局こちら側が道が広くなっているところまでバックすることになった。しかし、乗っていたバスのすぐ後ろにも2トン級のトラックが迫っていて、なかなか下がれない。
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反対側の乗用車の運転手とこちらのバスの運転士が一度道に降りて、さらに後ろにいる2トントラックの運転手に状況を伝えた後、バスは後ろに下がり始めた。もともと狭い道の上に雪が積もっているので、乗っているバスもギリギリまで道の左端に寄りながら、同時に無線で前の大型観光バスのバック走行も誘導していく。雪で見えなくなった側溝に蓋があるかどうか、記憶と勘を頼りにトラブルを回避していく様子は、まさにプロフェッショナルを感じさせる仕事ぶりだった。厳しい気象条件の中でバスを走らせる苦労を見ると、乗客の少なさがなんとも寂しい。
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どうにかトラックとのすれ違いをやり過ごした後、バスはひたすらに雪道を進んでいく。藤原湖というダム湖の堤防で、乗車していた路線バスが観光バスを追い抜かし、先行して道路状況と対向の車の状況を無線で連絡しながら進む体制になった。途中、道幅が狭い洞門やつづら折れで立ち往生してしまった乗用車数台を抜かしながら、バスは進む。この先はスキー場が多いため、数分に1台は乗用車とすれ違う。交通量は存外に多い。
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ダム湖を超えて久保バス停まで来ると(地図を見る)、視界は開けて集落に到着した。郵便局と駐在所もある、規模の大きな集落だった。久保で1名が下車すると、再びバスは雪の山道を分け入って行く。先ほどのすれ違いトラブルでバスは20分程遅れており、もう既に暗くなり始めていた。おまけに、雪の降り方も強くなっていて視界は相当悪くなっていた。
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3. 湯の小屋→水上駅

終点の湯の小屋には、すっかり陽の落ちた17時過ぎに20分遅れで到着した。ここで全員が下車する。このバスの折返しが終バスなので、私もここでこのバスと共にすぐに折り返す。車内点検の後、バス停で待っていた2名を乗せてすぐにバスは折返し、水上駅に向けて出発した。

関越交通バスでは、営業所に電話を掛けると運行状況を伝えて頂ける。折り返してすぐに営業所から無線が入って、どうやらこの先のバス停で数人がバスを待っているようだった。湯の小屋から少し戻った宝川温泉入口バス停から、外国人が4人乗車してきた。このバス停から数十分歩いた所にある宝川温泉は、その巨大な露天風呂から外国人にも有名なところ。おそらくそこから来たのだろう。一日に2本だけ宝川温泉を経由するバスがあるのだが、この終バスは宝川温泉に向かう道の分岐点までしか行かないのだ。

途中の洞門やトンネルで何回かワイパーに付着した雪を落としながら、バスは水上駅へ向かって山をひたすら下っていく。久保バス停まで戻った頃には雪が小康状態になり、道路状況も落ち着いてきた。往路ですれ違ったスタックした乗用車は残念ながらまだそのままレッカー車を待っていたが、それ以外のトラブルは特になく、終点の水上駅には約20分遅れのまま18時過ぎに到着した。
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4. 付記

関越交通では交通系ICカードが使えなかった。一方、2日間有効のフリー乗車券3,000円がある。今回はこのフリー乗車券を使用した。(参考:関越交通バスサイト「水上得々乗車券」

寄り道をしたみなかみ温泉では、蕎麦屋で鍋焼きうどんを美味しくいただきました。雪が降り積もる中では美味しさも一入でした。午後3時近くだったにもかかわらず快く受け入れてくれた店の方に感謝です。
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(このペイジの作成者 いし)

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群馬県の高崎市から新潟県の長岡市までを結ぶのが上越線だ。乗り鉄をしていると、日本海方面へ抜けるのに幾度となく利用するため馴染み深い路線ではあったものの、上越線それ自体を目的にすることは少なかった。同じく素通りするだけだった水上温泉への寄り道も含めて、2018年の年末に訪れた。今回乗車したのはこの地図のオレンジ色の区間(この記事に出てくる主要な所には印を付した)。上越線で、新潟県との県境までひたすらに北上した。


水上駅から同じみなかみ町の北端にある土合駅などを通って新潟県へ超える列車は、日にわずか5本。冬期は臨時の普通列車が出るものの、それでも8本しかない。ゆえに、水上を超えようと思うと、おのずと接続の列車は限られてくる。

この日選んだのは、通年を通して土日と繁忙期に運転する臨時列車(8735M。越後湯沢から先は定期列車1735M)で、それに接続する列車は上野駅を8:35に出発する快速アーバン高崎行(3920E)だ。このアーバンは東海道本線から直通してくる15両編成だが、他の普通列車と同じように籠原駅で前5両を切り離す。高崎まで行くには後ろに乗る必要がある。今回、ボックスシートに座ろうと1号車に乗車した(注1)。

注1:高崎線のボックスシートは、1,2,14,15号車にある。列車によっては、9,10号車にもある。


しかし、アーバンは座席が埋まって立ち客が出るほど盛況のため座れなかった。この列車が高崎線下り方向の最初の快速ということに加えて、終点高崎からの信越本線、上越線両方面への接続もよい。さらにこの日は帰省ラッシュ真っ只中で、車内の客の多くが大きめのボストンバッグやキャリーバッグを持っていた。途中、新幹線接続駅の熊谷でも帰省客はほとんど入れ替わらず、地元の学生や住人が主要駅で降りていく以外は、高崎まで車内が大きく動くことは無かった。
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高崎には定刻の10:15に到着した。水上方面は階段を使って5番線に乗り換える。車内に居た帰省客の多くも5番線へ向かっていった。
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駅構内通路へと向かう階段の下にあるこの電光掲示板を見ると、高崎に来たことを実感する。現在では電光掲示板がかなりの数の駅に普及したが、路線別に種別と番線だけを表示し、行先と時刻が書かれていないものは非常に珍しい。

高崎(地図を見る)を10:25に出発する普通水上行(731M)に乗り込んで、水上まで北上する。高崎地区の普通列車は全てロングシートの211系に統一されていて、乗車したのは4両編成。車内は帰省客とスキーや登山などのレジャー客、地元民で混雑しており、始発駅の高崎を出発した時点で通路も埋まっていた。上越線は晴れていると車窓も変化に富んでいて飽きない。この日の関東一円は雲一つない快晴で、進行方向右手の赤城山も左手の榛名山もくっきり見えていた。

一方の日本海側は、この冬最初の寒気が南下した影響で大雪だったようだ。関東北部も多くの降雪が予報されていて、列車が岩本駅を過ぎて沼田駅(地図を見る)に向かう頃には車窓に積雪も見られるようになった。その頃には混雑していた車内もだいぶ空いてきて、沼田で多くの降車があると空席もでき、車内のほとんどが帰省客とスキー客、登山客だけになった。
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終点の水上駅(地図を見る)には定刻通り11:29に到着した。高崎方面の普通列車はいつも駅舎側の1番線から発着する。沼田駅周辺では薄く積もるだけだった雪も、後閑、上牧と北上するにつれて厚さが増し、水上駅では屋根のあるホームにも積もっていた。
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乗車した731Mは、降車扱いの後に車内点検を行って折返し738M高崎行となって折り返す。
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狭い乗換階段を渡って、反対側のホームに待つ長岡行普通列車(8735M)に乗り換える。写真からも雪が舞って、ホームの中深くまで積雪があったことがわかる。上越線は既に写真のE129系に統一されていて、列車によって両数は変わる。この日は4両編成だった。雪の中でも列車は水上駅を時刻表通りに発車し、上越線最後の群馬県の駅、土合駅(地図を見る)にも定刻の11:50に到着した。
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新潟方面へ向かう下り線はトンネル内にホームが存在する。土合駅がマニアには有名になっている一因だ。また、そのホームから山の上にある駅舎までを繋ぐ400段を越える階段も有名だ。
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下から仰ぎ見ると、頂上が見えるためにそこまで長くは感じないが、実際に登ってみると意外にしんどい。
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頂上に到達すると、通路の先に頑丈な斜めの大きな板が見えた。トンネル内の風がそのまま通路に吹き込むのを抑制しているようで、この壁の横からさらに進んで駅舎に向かう。
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新潟との県境がすぐそばということもあって、駅の外は大雪だった。
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駅前のバス停はこの通り、すっぽり埋もれてしまっている。

土合駅からは反対方向の水上行(1732M普通水上行)に乗って、高崎方面に1つ隣の湯檜曽駅に行くつもりだった。土合駅は無人駅だが比較的広い待合室があってそこで列車を待っていると、乗車予定の列車が除雪のために1時間遅れていると構内アナウンスが駅スピーカーから入った。駅前の水上駅行のバスも冬は本数が減るので良い時間のバスもなく、待合室で待つことに。

予定の発車時刻を1時間ほど過ぎた頃、駅にジョイント音が響いて貨物列車がやってきたのがわかった。しかし、待合室から見えるところで止まってしまったのでホームに様子を見に行ってみると、運転士さんが前面ガラスについた雪を箒とスコップで落としているところだった。前面にたまった雪の量も凄まじいが、彼によるとこれは新型機関車だからこの位の量なら問題はないそうだ。しかしガラスについてしまった雪はいちいち列車を止めて手動で落とす以外どうしようもないらしく、既に石打駅と、土合駅の手前のループ線のトンネル内で同じ作業を行ったとのことだった。
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おおよそ10分ほどかけて雪を払い落とし、貨物は再び発車して行った。ほどなくして、遅れていた1732M水上行も2両編成で到着した。前方の信号機が見えないほどの視界の悪さだったため、指令に連絡を取って信号が進行現示であることを確認してからの発車となった。その後は湯檜曽駅に停車し、雪を巻き上げながら水上駅まで進んだ。前方も側方も雪でほぼ視界は無く、運休にならなかったのが不思議なくらいだった。もっとも、貨物の運転士さんの話では雪は県境の峠だけでひどかったようだから、問題はないのかもしれない。終点水上駅には約1時間20分遅れで到着した。



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みなかみ町をバスと徒歩で少し見て回った後、18時台の列車で東京への帰路に着いた。乗車したのは普通高崎行(750M)で6両編成だった。ただ、水上駅で接続の長岡始発の普通列車(1742M、E129系2両編成)が遅れていたため、待ち合わせてからの発車となった。駅は相変わらずの雪で、車内の窓にも霜が降りていた。
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結局、終点の高崎駅には予定より6分遅れの19:54に到着した。

続く

(このペイジの作成者 いし)

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