旅に、出た。

鉄道乗ったり、島行ったり。学生時代からの友人との、共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

カテゴリ:自治体探訪 > 中国・四国

こんばんは てらです。
久しぶりに自治体訪問の記事でランドマークといった観光名所ではなく中山間地域を扱うという事もあり、個人的にちょっと緊張…。

この日の午前中は高知市内でとさでん交通を乗り鉄(過去の記事に飛びます)、ひろめ市場で腹ごしらえ、午後イチの特急に乗車して土佐山田で下車。土佐山田から土讃線の阿波池田行きの単行に乗り込む。
途中、新改という駅を通るのだがちょっと特徴的なので簡単に写真で紹介する。
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上り列車は左側の線路から左奥の線路に進入した後、写真の箇所までバックする。
その後、二つある信号機のうち右側の信号機の信号に従って右側に進んでいく。
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ポイントの左側には新改駅 右側にはトンネルがあることがわかる。
なぜこのような経路をとっているかというと、当時の車両ではこの急こう配をクリアすることができなかったためである。現在は線路の形状から、この駅を通過することもできるので、普通列車の一部はこの駅を通過する。そのためスイッチバックに入っているところをまじまじと見ることができてちょっと得をした気分だ。
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この駅の3つ隣の土佐北川駅で降りる。
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土佐北川駅は橋梁上にある珍しい駅で、列車同士の交換も行われた。穴内川の橋梁と駅を兼ねている。
今回、国道32号線沿いに土佐北川駅から大杉駅までの約7kmを歩いた。

大豊町は、高知県の嶺北地域(主に四国山地の麓にあたる大豊町、本山町、土佐町、大川村、いの町)の中では、徳島、香川、本州への大動脈である自動車道、国道、鉄道が整備されており比較的アクセスは良い地域である。また、早明浦ダムの水没地域にもあたらなかったこともあり大川村のような人口の急減もなかった。早明浦ダムの上流域にあたる大川村は現在離島を除くと日本で一番人口の少ない自治体として知られている。交通の便の良さを生かして製材などが盛んである。
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穴内川と国道32号線を北向きに撮影してみた。
穴内川を挟んで32号線の対岸側にまばらに民家は見られるが、32号線側は民家は少ない。
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歩くこと約1時間。後半はずっとトンネルをあるくのでなかなかしんどかった。道の駅大杉に到着。
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ここでクボタ食品のアイスを食す。あまり首都圏では出回っていないのだが、幼いころに非常にお世話になったこともあり懐かしい味だ。
道の駅付近から町が開けており、NTTの中継基地と思しき建物もあった。
ここから、土佐の大杉という観光名所を目指して八坂神社へ向かう。
土佐の大杉というのは、樹齢3000年を超えていると言われている杉の巨木で、大豊町の中心駅にあたる大杉駅の駅名の由来にもなっている。
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環境整備料を払い境内へ入る。杉の巨木はどこだろうかと見まわしてみると、左手に杉の巨木が二本。
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写真を撮ろうとしても、見切れてしまう。
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これが特別天然記念物 土佐の大杉である。
もともとは一つの木が途中で二俣に別れているようだ。
近年の大雨や台風でところどころ痛んでいるような箇所もあるようだ。ワイヤー等で補修も行われている。
境内を後にし、再び穴内川を上流に向かって歩く。駅は約徒歩10分で着く。
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大杉駅付近から南を向いて写真を撮った。写真左にある大杉中央病院(青の縦型の看板がある建物)付近が中心市街地であるため、駅はやや北のはずれにあることがわかる。
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大杉駅は不審火で焼失してしまった過去があり、現在は中高生など町全体を巻き込んでデザイン、建築を行ったものである。製材がひとつの産業というだけあり木をふんだんに使った特徴的な駅舎だ。
ここから、約3時間に1本の大杉停車の特急に揺られて岡山経由で帰宅の途についた。

余談
大学で過疎地の持続可能な開発についてちょっと触れる経験があり、中山間地域を歩いて卒業論文を書くという経験をさせていただいたのですが、「足を運んで見る」の大切さを改めて感じさせられるのでした。

この旅を気に入った方はこちらもどうぞ。いしが高知県の島々を巡っています。
沖ノ島訪問
(このページの作成者 てら)

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高知と徳島にある離島ヘ、3泊4日で友人達と行きました。

【行程】(ルート概要はこちら
1日目
【この記事】羽田空港→徳島空港
記事②】レンタカー:空港→竹ヶ島(徳島県海部郡海陽町)→魚梁瀬(高知県安芸郡馬路村)→高知市

2日目
記事③】レンタカー:高知市→三原村→足摺岬→柏島(高知県幡多郡大月町)→大島(同県宿毛市)→中村(同県四万十市)
鉄道:中村駅→【土佐くろしお鉄道】→宿毛駅

3日目
記事④】片島港(高知県宿毛市)→【市営渡船「すくも」】→母島港(同市沖の島)
記事⑤】弘瀬港→【市営渡船】→鵜来島(同市沖の島町鵜来島)

4日目
鵜来島→【市営渡船】→片島港→鉄路で東京へ

まずは1日目に搭乗したJAL453便と徳島空港の紹介です。今回は、旅行に同行した飛行機ファンのタクさんに寄稿してもらいました。ご協力ありがとうございます。



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今回搭乗したのは、羽田空港7:05発、日本航空JL453便徳島行きです。
今回のフライトは1週間前に大きく動きました。というのも、突然航空会社からメールが送られてきたためです。機材を変更したため座席を変更したという趣旨のものでした。予約確認画面から使用機材を確認したところ、機種はB767のままで、国内線仕様から国際線仕様の機材へと変更されていました。

国際線仕様機材になったことで起こる主な変更点を以下にまとめると、

・普通席が国際線のエコノミークラス席に、クラスJが国際線のビジネスクラス席になる点

JALでは国内線で無料Wi-Fiサービスを展開しているが、国際線仕様機材では使えない点

・ギャレー(機内のキッチン)やラバトリー(トイレ)の配置が異なるため、座席数が減る点

ここで注目してほしいのは、クラスJで国際線のビジネスクラスのシートに座れる点です。クラスJとは、プラス1000円(購入時期によって変更あり)で利用できるシートで、普通席よりも座席幅(シートピッチが広く、リクライニングや大型のテーブルなどが備わった快適なシートです。詳しくは、コチラ※外部サイトに飛びます)。

そこで、当日クラスJに空席があったため即座にクラスJに変更しました。

それでは、いよいよ搭乗の時。
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出発の時を待つ飛行機

行先:徳島

機材:B767-346ER(20112月に導入)

機番:JA654J

出発予定時刻:7:05

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現地到着予定時刻:8:25

この日のゲートは9番ゲート(主に西日本方面便に割り当てられるゲート)
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搭乗すると、ビジネスクラスのシートが待っており、シートも広く、電動リクライニングやシート電源も備わっておりとても快適なシートでした。

この日の天気はくもり、気温は6.8度、北北西から5/s。飛行機はほぼ定刻通り、9番ゲートを79分に離れ、RWY05に向けてタキシング。そして、724分にRWY05から離陸。この日、雲が低く、離陸後すぐに雲の中にすっぽりと入ってしまいました。飛行ルートはこの図の通りです。

巡航高度は24000ft、巡航速度は330ktsでした。この日は偏西風が強い状況でのフライトで終始、南岸低気圧による厚い雲の中を飛行していきました。


JL453便は、823分にRWY29に着陸し、827分にゲート4番に到着しました。

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徳島空港の到着便案内では、『反転フラップ式案内表示機(パタパタ方式)』がいまだ健在です。最近の発着案内は、LEDや液晶ディスプレイに表示するタイプなどが大多数で、パタパタ方式は姿を消しつつあります。パタパタと音をたてながら動作してるのが、どこか懐かしい感じがして個人的には好きなので、数が減っていくのは寂しいなと感じています。みなさんも空港を利用する際には、こんなポイントにも注目してみてください。きっと、旅情がもっと深まると思います。
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ターミナルビルを出ると、阿波踊りの像がお出迎えしてくれます。この日は、キャセイドラゴン航空による季節運航便が就航していたため、そのお祝いが空港各所で掲示されていました。

(このペイジの作成者 タク)

こちらのブログでも、別の同行者が同じ旅行の模様を公開中です。
続く
(このペイジの責任者 いし)

愛媛県の南部、南予地域を鉄道で旅していると、川沿いにそびえる天守閣を横目に列車が走っていく箇所がある。愛媛県の大洲市だ。
鉄道を使って旅行していると、気になる景色があっても後戻りをすることができないのが痛いところ…。
機会をあらためて、関西空港と松山空港の間で格安航空便が就航されているのを期に大洲市街を観光してみることにした。
松山空港から松山駅行きのバスに乗り換えて旅のスタート。
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平屋建てで改札が正面にある地方都市の駅も少なくなってきた気がする。
松山は高松、岡山を結ぶしおかぜ・いしづち号と、宇和島を結ぶ宇和海の乗り換え駅として機能しており、大きなカバンやキャリーケースを抱えている人を多く見かける。
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途中乗り継ぎのついでに内子の町を歩いてみた。内子にも古い街並みが残っている。
飛行機の時間が遅めだったことや、内子で道草を食っていたこともあり大洲に着くと日が傾いていた。
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駅前の大きな鳥居が印象的である。当日は炉端焼きと日本酒で一杯。翌日、どのように歩くかルートを考える。

翌朝、宿の外に目をやると雪が舞っていた。
折角なので朝のお散歩と称して雪の降る大洲の街を散策してみようと思う。
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伊予大洲の駅前に宿を取っていたので、大洲旧市街まで大洲街道を20分ほど歩く。
やがてモノトーンな大洲城址が右手に見えた。
大洲街道から左手、東側に小京都の街並みが立ち並ぶ。
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昭和初頭の建物が残る、古き商店街。雪が舞っている景色は珍しいかもしれない。
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煉瓦館。銀行として昔は使われていたそうだ。
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おはなはん通り。NHKの連続テレビ小説のロケとしても使われた。
おはなはんって聞いたことないなぁと思ったら昭和41年の連続テレビ小説らしく、通りでピンとこないなと…。蔵のそばを流れる水路には手入れが行き届いた花壇が。_MG_1121_convert_20181215214440
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この辺りは明治期の武家屋敷の建物が現存している。
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大洲の古き街並みは、おはなはん通りより北側が昭和初期、東側が明治期の建物が混在しており、ひとまとめに小京都とくくっていいのかなという気がするが、どちらも興味深い。
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肱川沿いは鵜飼の船がしんしんと降り積もる雪をかぶっていた。
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列車の時間に余裕があったので大洲城の周りを一周し、県道43号沿いの繁華街を歩いた。
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歩くこと20分。伊予大洲駅に到着。

大洲から特急に乗り、松山へ戻る。
一日一往復しか航空便が就航していないと、観光できる時間や場所の制約があり、オマケに予讃線の鉄道公団建設区間(向原~伊予大洲間)を降りて道草していたので慌ただしくなってしまった。
天守閣や臥竜山荘に入れなかったのは反省点である。

追記
大洲市を流れる肱川が氾濫したことにより、洪水の被害に見舞われたことは記憶に新しいと思う。もちろん人的な被害もさることながら、鵜飼の鵜も精神的な疲労に見舞われたと聞く。
洪水後も市の観光協会のHPでは積極的にPR活動等を行っているようなので、自分も今回いけなかったところを含め再訪したいと思っている。
松山から特急で35分、松山空港からバスで1時間10分で行けるため松山市内観光と兼ねることも十分可能だ。

この旅が気に入られた方はこちらの記事もどうぞ
秋田県仙北市角館町 古き良き街並み、秋田県の角館市を街歩きしたときの記事です。

(このページの 作成者 てら)