旅に、出た。

鉄道乗ったり、島行ったり。学生時代からの友人との、共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

カテゴリ: 自治体探訪

どもどもてらです。
元日乗り放題切符の旅 津和野町編の続きです。

目次
1. JR山口線
2. 島根県津和野町
3. JR山陰本線 島根県区間
4. 島根県温泉津町(このページ)
5. 特急やくも

温泉津駅を降りると、地図と温泉街によくあるゲートでお出迎えしてくれた。
温泉津温泉は世界遺産「石見銀山とその文化的景観」の登録地の一つなのだが、列車を降りても観光客がほとんど見当たらず、驚くほどひっそりとしていた。
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島根県内の温泉では松江しんじ湖温泉、玉造温泉、美又温泉などとならんで有名なのが温泉津温泉である。
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温泉津駅からは20分程度歩く。海が近いこともあり風が冷たく、温かい温泉に浸かれる期待も高まる。
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途中、温泉津漁港を横目に温泉街の方へ
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温泉津温泉は閑静な温泉旅館が軒を連ねることから、温泉街では珍しく重要伝統的建造物群保存地区に登録されている。
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この通り、メインストリートも温泉旅館が縫うようにして建ち並んでいる。
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この公衆浴場が温泉津温泉の元湯である。元湯は2020年1月1日から営業再開ということだったので再開初日に早速浸かってきた。1300年からこの地では温泉が湧いているそう。
45度を超える黄土色の熱い湯、長くは浸かっていられなかったが、湯上り後の体の温かさや汗の量が半端ではなかった。
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もう一つ元湯に近接するところにまた別のこちらが源泉の一つ、薬師湯。
1800年代の浜田地震により温泉が湧き出たことから「震湯」という異名を持つ。旧館はレトロな建築ということもあり有名だ。(時間がなかったとはいえ、旧館の喫茶店に入ればよかったと今更後悔)
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ところどころゆけむりが建ち、路面も温泉の湯がどこからか漏れているのかぬれていた。
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小一時間しか散策できなかったのが残念だったが、列車の都合もあるので急いで駅に戻った。(続く)

(このページの作成者 てら)

どうもてらです。
元日乗り放題切符の旅 JR山口線編の続きとなっております。

1. JR山口線
2. 島根県津和野町 (このページ)
3. JR山陰本線 島根県区間
4. 島根県温泉津町
5. 特急やくも

前回の更新から間が空いてしまい失礼しました…。
新山口から山口線の特急に揺られること約1時間、島根県に入って最初の町が津和野町になる。
表敬訪問ということで津和野駅で写真を一枚。
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なぜ今回目的地として津和野を選んだかというと、ずばり友人を誘って行きにくいけれど行きたかったから。
山陽地方の有名観光地(倉敷や宮島、錦帯橋などなど)山陰でも関西寄りの観光地(城崎をはじめとした兵庫県北部の各温泉地は日帰りも容易なことから友人を誘いやすいというのもあるかもしれない…。
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駅を出て中心部に向かって歩いた。
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写真の鯉の米屋ではお店の庭を鯉が泳いでいる風情のあるお米屋さん。残念ながら年末年始休業。ここが元日に旅行をする欠点である。
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途中、市内の中心部と各地を結ぶ石見交通の路線バスと遭遇。駅や道の駅に併設された温泉、観光名所も結んでいるため観光でも利用出来る。
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殿町通りに通じる本町通りは銘菓、日本酒等、特産品の店が軒を連ねる。
このあたりから殿町通りにかけては重要伝統的建造物群保存地区と呼ばれており、古い建物が保存されている地区にあたる。
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華泉酒造さん 華泉の蔵元にあたる。
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白壁の蔵も軒を連ねる。ところどころに国旗がかかっており、あ、そうか今日は元日か…とはっとさせられた。電柱、電線も地中化されている。
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こちらはもうひとつ有名な古橋酒蔵。初陣の蔵元。少しだけ試飲もさせていただいた。
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更に殿町通りを南に歩を進めると津和野カトリック教会がある。津和野とキリスト教の関係は深く、長崎の隠れキリシタンが津和野の乙女峠にある光琳寺(現在は現存せず)で改宗を迫られ拷問を受けたという歴史がある。このカトリック教会は1929年に設立され日本でも珍しい畳張りの聖堂である。
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殿町通りにはところどころ、土堀の掘割を鯉が泳いでいる。
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殿町通りを抜けると大きな鳥居が出迎えてくれる。津和野に来たもう一つの目的、初詣へ参拝することに。
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津和野川からみた太鼓谷稲成神社。日本五大稲荷神社の一つに入っているそう。
普通は稲「荷」神社と表記するのだが、願望「成」就にあやかって稲「成」神社という表記になっているそうだ。
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太鼓谷稲成神社の表参道。無数の鳥居に囲まれながら境内へ行くことができる。
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階段を上り続けて5,6分。本殿に到着。大きな神社というだけあり、神社の臨時駐車場は初詣に参拝する車で長蛇の列ができていた。おみくじをひくのも一苦労…。
お供え用のおあげが売られているのはさすがお稲荷さんといったところか。
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本殿からは山口線と津和野の街並みを望むことができた。
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私は元来た道を戻り、駅へもどった。
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津和野からは再び山口線を下り、温泉津へ向かう。(続く)

(このページの作成者 てら)

こんばんは てらです。
前編にとかわって、後編では宇治川の西岸を歩いた。

興聖寺(こうしょうじ)は琴坂という紅葉を見れる参道で有名だ。鎌倉仏教の一つ、曹洞宗の現存する最古の寺院であり、800年以上前から修行道場として曹洞宗の教えを世に送り出していた。
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特徴的な山門
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山門をくぐると正面に本堂(伽藍)がある。
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宇治では有名な撮影スポットの一つ、山門から琴坂を撮る。山門が額縁のようで良いアクセントだ。
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最後に駆け足できてしまった琴坂を本堂から眺めた。なるほど、立ち止まって写真をとる人が多いのも納得できる。
興聖寺の次は、宇治神社へ向かった。菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)が祀られている。
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宇治神社の鳥居のそばも紅葉が見事だった。
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鳥居より本殿を望む。
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11月になると、知恵の輪が収穫された稲によって作られており私も稲のように願いが成就するよう話をくぐった。あとで知ったのだが、七五三に参拝する小さな子供向けだそう…。
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宇治神社と二社一体を成す宇治上神社に参拝して宇治を後にした。

(このページの作成者 てら)

こんばんはてらです。
今回は秋を深まる宇治市内の探訪記を二回に分けて取り上げる。

京都府宇治市は京都市から電車で約20分、京都市の南隣の町にあたる。
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今回は、京阪電鉄が発売する宇治・伏見1Dayチケットを使用して宇治の街並みを見て回った。大阪から電車に乗る場合、こちらのチケットを使った方がエリア間の移動も容易である。(ほんとうは宇治の後に伏見方面にも行ったのだが記事の構成の都合上割愛する)
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京阪宇治駅のロータリーを出ると宇治川に架かる宇治橋が目の前に広がる。
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宇治橋と紫式部像 源氏物語の舞台としてこの地にゆかりがあるそうだ。
宇治橋の起源は古く、600年代までさかのぼる。
今は宇治橋があったところに自動車等が通れるよう架け替えている。欄干には檜が使われるなど、当時の建築技法を取り入れた意匠となっている。
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宇治川の西岸、JR宇治駅の近く平等院鳳凰堂がある。せっかくなので写真の交差点を左に折れ、平等院表参道を歩いて表敬訪問した。
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宇治抹茶で有名なだけあり、参道には茶店が並んでいた。意外なことに修学旅行生はまばらだった。市内に比べると大きなバスを駐車するスペースがないからなのだろうか…。
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十円硬貨の図柄になっている鳳凰堂、内部も公開されており、整理券を求めると15分程度見学することが出来る。
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鳳凰堂の屋根には鳳凰が。こちらも一万円札に描かれている図柄である。案外お金の図柄ってマジマジと見ないものだ。手元にあったらじっくり見てみるのも面白いかもしれない。
ちなみにこの鳳凰はレプリカ、本物は併設されている博物館に展示されている。
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平等院庭園の紅葉を堪能し、平等院を後にした(続く)

十一面観音立像や鳳凰といった国宝、重文は併設されている博物館、鳳翔館にて展示されている。
気になった方はこちらをどうぞ(平等院の公式ウェブサイトに飛びます)

(このページの作成者 てら)

どうもてらです。
今回は金沢市の北隣、内灘町を探訪しました。
河北郡は金沢市北部の多くの自治体が属していたが、平成の大合併で高松町、七塚町、宇ノ気町がかほく市になって以来、津幡町と内灘町の二町のみとなっている。

戦後すぐ、米軍が兵器の実験に内灘海岸を接収しようとした内灘事件(内灘闘争)で地名が知られているが、それだけ直線の海岸が拡がっているのが特徴のようなので、海岸まで歩いてみることにした。
まずは街の中心部、内灘駅の一つ手前の粟ヶ崎駅で下車。
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内灘町と金沢市の境目となる運河。内灘町は町全体がほぼ運河で囲まれており、砂丘の開墾と干拓によって造成された地域である。金沢への通勤率が50%を越えるため典型的なベッドタウンなのかもしれない。
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金沢と内灘を結ぶ北陸鉄道はデータイムが30分間隔のため、せっかくなので内灘駅まで歩いた。
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駅前のロータリー。ここから海岸方向へ歩を進める。
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駅から内灘海岸に向かって歩いていると区画の広い家が立ち並ぶ
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このあたりは、砂丘により開墾が進んでいるエリアのようだ。写真の中央奥の方に内灘駅と車庫が見える。
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砂丘の一番高いところ付近から、海岸を見下ろす。
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町内で一番大きなショッピングセンター。コンフォモール内灘
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立派なのだが、東半分は空きテナントのようだ…。
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折角の砂丘海岸も、雲が多いと景色が映えないなあと思いながら来た道を戻るのであった。

(このページの作成者 てら)