旅に、出た。

バス乗ったり、島行ったり。マニア2人の共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

カテゴリ: 自治体探訪

こんばんは、いしです。
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JR高崎線の新町駅から2時間以上をかけて、上野村までやって来ました。
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こちらは役場近くのバス停。バスが通るとは思えない細い路地にあります。メインの国道は集落から少し離れた山肌を走っていて、おそらく新道なのでしょう。
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上野村の街中は、うねる細い路地が繋がっていて、全体感が掴みにくく感じました。
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役場近くは川和という集落のようです。
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役場の近くの集落は観光客が立ち入れるところがあまり見当たらなかったため、歩いて西の方にある集落へ。
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少し山を登り、集落を見下ろせる国道を歩きます。
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このトンネルを抜ければ、隣の集落です。
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トンネルを抜けた先に、乙父(地理院地図によれば、おっちと読むそう)に向かう道があります。
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畑と家をつなぐ道をたどって川を渡り、乙父を歩くと、集落内に、「母の菜豆(かかのさと)」というカフェがありました。営業終了時間ギリギリでしたが、切り盛りされているお母様のご厚意で上がらせていただきました。

こちら、後から調べたら、営業日が限定で、要予約とのこと、、、次は予約して伺います。ご迷惑をおかけしました。
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コーヒーも大変おいしかったですが、パンナコッタや、
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群馬名物みそおにぎりまで出していただきまして、どれもおいしい!思い出に残る味でした。しっかり米粒一つ残さず頂きました。
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また訪れたい店の一つです。

(このペイジの作成者 いし)

こんばんは、いしです。
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神流川沿いに位置する群馬県神流町は、平成の大合併で万場町と中里村が合併して誕生した、新しい街です。
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真夏のこの日、万場はキャンプにやってきたファミリー客、レジャー客で町が大変賑わっていました。河原に、子どもが楽しめる小さな人口流れるプールのようなものが作られています。
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河原からの隣にあるメイン通りは、嘘のように静かです。
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それでも、車やバイクなどの交通量はそれなりにありました。また、飲食店も何軒か。あるいは、レジャー客向けの河原の屋台で食糧の調達も出来ます。
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万場の街は県道46号に沿って細長く立地。
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街の西端には、八幡神社が。
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神社の向かいにある商店には、今なら物議を醸しそうな一文も。

神流町は観光協会が川や山で遊ぶレジャーを提案しており、まさにその通り、首都圏からのレジャー客で賑わっていました。

(このペイジの作成者 いし)

こんばんは、いしです。
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鬼石郵便局バス停は、鬼石の中心街に位置します。
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目の前は群馬県道13号。
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想像してたよりも、歴史ある建物が残っています。
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以前紹介した通り、鬼石の近くを流れる神流川を渡れば、すぐそこは埼玉県です。
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ここから先は、埼玉県神川町。
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下には、かつての自治体名、神泉村の石碑が。神泉の集落は、川から少し道を上がったところに位置していますので、神流川にかかる橋から集落を見ることはできません。
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ちなみに、鬼石の対岸にある埼玉県の観光案内所近くからは、鬼石の街が一望できました。
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鬼石に戻ってきて、街を眺めます。
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中心地ですが、ほとんど人も歩いておらず、たいへん静かな場所です。

鬼石はかつて、十石街道の宿場町として栄えたのだとか。確かに、この道をまっすぐ信州方面に進むと、関東最強酷道と名高い酷道299につながり、十石峠を越えて長野県に至ることが出来ます。鬼石にぽつぽつと存在する古い建物は、その名残なのでしょうか。

首都圏に住んでいても、ほぼ聞くことのない、鬼石。なんとも魅力的です。

(このペイジの作成者 いし)

こんばんは てらです。
先日、水間鉄道線に乗ったのだが、そのまま折り返すだけだと味気ないので水間観音へ参拝してきた。その時の記事は(こちら
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水間観音駅付近から西側(海手)
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水間観音系付近から東側(山手)
貝塚市の市街地を走っていた水間線も終点が近づくにつれ市街地から山間地域へと雰囲気ががらりとかわる。
水間観音駅よりも西側は国道のバイパスが通り、交通量も多い。
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6km先にある大阪府立少年自然の家があるあたりは「奥水間」と呼ばれ貝塚市内でも山間部にあたり、温泉なども湧出する。
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10分ほど歩くと周囲が開けてくる。
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今回参拝した水間観音、道路標識に「恋人の聖地」って書かれたりするんですね。
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水間寺の由緒は700年代と古く、聖武天皇が都の南西に開創するよう勅願を受けて開かれたそうだ。
しかし当時の建物は失火してしまい多くが1800年代岸和田藩主が寄進したことにより再建されているそうだ。
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橋を渡ると、目の前に本堂と三重の塔がそびえる。
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本堂。初詣などの際には泉州地域で多くの人が参拝している寺社ということもあり、一度に多くの人が参拝できるように賽銭箱が横長だったり鰐口(拝殿にある鐘のようなもの)がいくつもあったりしたのだが、平日の昼間ということもあり、参拝している人はまばらだった。
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三重塔と本殿が隣り合っている。三重塔は大阪府内で明治以前に建築されたもので唯一現存するそうだ。写真や映像で水間寺が紹介されるときもこのような写真で紹介されることが多いので写真を見てピンときた方もいるかもしれない。
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藍染堂。藍染明王が祀られており、良縁成就などのご利益があると言われている。先ほどの道路看板でも紹介した、百姓の娘であるお夏が藍染堂で祈願を行い、役人の清十郎のいわゆる「格差婚」を果たした物語は水間寺が舞台だといわれている。しかし江戸時代の作家井原西鶴はお夏清十郎物語の舞台を姫路としており、どうも諸説あるようである。
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国道170号線(旧道)は泉佐野市、熊取町を経由して貝塚市より、ここから和泉市を経由して河内長野市方面へ至っている。
奥水間方面へも、一日5往復程度バスが通っているようなので、そこはまたの宿題ということで、来た道を戻った。

(このページの作成者 てら)

こんにちは てらです。
今回は珍しく重い腰を上げ、2019年の秋ごろに新快速の終着駅へ行って観光してきたので記事にします。

そもそも、新快速に馴染みのない地域にお住まいの方は新快速といわれてもピンと来ないと思う。
JR西日本エリアを走る新快速は、福井県の敦賀、滋賀県各地と兵庫県の播磨地域を結ぶ長距離の快速である。京都〜大阪〜三ノ宮では私鉄と速達性、利便性で熾烈な争い繰り広げている。
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そんなわけで、行き先ではよく見かけるけれど、降りたことがなかった播州赤穂駅で降りる。ちょっとこぼれ話になるが、旧国名の一部に州をつける表記(奥州、信州、泉州)はJRでは珍しく、JR西日本では播州赤穂のみだそうだ。
赤穂というと、赤穂義士のゆかりの地である。赤穂藩主浅野長矩(ながのり)の切腹に抗議し、吉良上野介を斬りつけた事件だ。
まずは駅前の自転車駐輪場のレンタサイクルサービスを利用し、赤穂藩の家老ゆかりの神社大石神社へ。
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大石神社は赤穂浪士の討ち入りを行った大石良雄を祀った神社である。浅野長矩に対する仇討が叶ったということから、大願成就の神社として知られている。
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神社の鳥居のそばに赤穂浪士討ち入りの一連の絵が並んでいた。
鳥居と神門をくぐり境内に入る。
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赤穂浪士に対して幕府が切腹を命じた手前、このように赤穂浪士を祀る神社の創建はしがたかったのもあってか、神社の創建を許可されたのは1900年に入ってからだそうだ。
大石神社の南側には赤穂城跡がある。
赤穂城跡の北側は公園となっていて、秋晴れの天気ということもあり、近隣の幼稚園生が先生と散歩をしていて微笑ましかった。
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赤穂城は戦後になってから復元が進められ、現在も復元が進められている箇所がある。
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本丸表門、門の部分は平成8年(1996年に)に再建された。本丸の中には庭園がありゆっくりと歩いてまわることができる。
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こちらは赤穂城の玄関にあたる三之丸大手門 赤穂城の一番北側にあたる門で、昭和30年(1955年)に復元されたものだ。
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大手隅櫓と三之丸大手門
赤穂城から自転車を播州赤穂駅に向けて北へ。
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赤穂城から播州赤穂駅までは狭い路地が続く。
そんな路地を自転車でゆっくり巡っていると、正面に見えてくるのが花岳寺(かがくじ)だ。
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花岳寺の本堂。花岳寺は歴代赤穂藩の菩提寺となっており、大石良雄の墓はもちろん、浪士の墓もある。義士の墓所および宝物館については入場料を支払わなければならないが、資料の多さには圧倒される。
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大石名残の松 初代名残の松は枯れてしまっているため、こちらは二代目だそうだ。大石良雄の母が亡くなったときに植えたもので樹齢300年を越えていたそうだが虫害により枯れてしまい、今は境内の千手堂に飾られている。
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古い建物が立ち並ぶ路地を自転車で回り、播州赤穂駅へ戻った。姫路から小一時間と、ちょっと足を延ばして観光というにはちょっと辛い距離だが、十分見ごたえがあった。

(このページの作成者 てら)