旅に、出た。

鉄道乗ったり、島行ったり。学生時代からの友人との、共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

カテゴリ: ローカル線

どうもどうも。てらです。
先日の街並みを巡る旅シリーズの翌日は富山へ。
長野から富山へ移動する旅行が成立するんだから新幹線はすごいっすね。
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本来であれば上滝・不二越線を撮り鉄する予定だったのだが、あいにくの雨。撮りたい車両も平日はいったん入庫してしまうため、予定を変更して立山線を乗り鉄することに。
特急立山号に乗車。富山~寺田間は地鉄本線を走るのだが、列車密度が多いことに加えて、一線スルーの駅が無いこともあり、駅間で力強く加速したのちに駅の手前でグーンと減速する繰り返しがなかなかにスリルがあった。
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岩峅寺までは富山平野を延々と走っているのだが、平野部が途切れると一気に景色が変わり列車は勾配を登る。車窓に見えているのは常願寺川である。
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常願寺川を渡る箇所で減速の上、アナウンスをしてくださったのだが、ここまで濁っていることも珍しいそうで…。ちょっと残念な景色である。(千垣~有峰口)
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有峰口を出ると本格的に勾配と曲線がきつくなる。
終点の立山駅に到着する直前にもう一度常願寺川を渡る。あいも変わらず濁っている…。
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50分程度で終点の立山に着いた。行楽シーズンは岩峅寺~立山の区間で一部の列車が増発されており、奥の列車はほどなく発車していった。奥に停車している14720形は2019年12月末を持って運行を終了する予定だ。
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食堂や土産店を併設されており、アルペンルートの拠点の一つとしての機能を持つ立派な駅舎である。
立山駅周辺を小一時間ではあるが散策しました。詳しくはこちら
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そのまま、折り返し列車に乗って富山まで行くのももったいないので、本線と立山線の合流点にあたる寺田で少し撮影。ちょっと変わった配線の駅だ。真ん中の建物は駅舎として使わていたようだが現在は使われていない。
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色褪せた看板…。黒部はまたの機会にお邪魔します。
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Y字型のホームの奥が地鉄本線、手前が立山線。写真左が富山側、右が立山、黒部側になる。
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立山線は左側通行ではなく右側通行になっているため独特の配線だ。
4番線に入線する立山行き。
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大和百貨店、北陸地盤の百貨店なので、とっさに駅名表と絡めて一枚撮ってしまった。
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寺田から富山行きに乗り込むと、たまたまレッドアローが来てくれた。普通運用だとヘッドマークが無くて少し拍子抜けである。終点の電鉄富山で一枚撮って、次の目的地へと私は急いだ。

(このページの作成者 てら)

どもども てらです。
長野電鉄長野線沿線の街並みを巡る旅をしてきました。この記事では長野電鉄の乗り鉄を総括した記事を書きます。
それ以前の記事…街並みを巡る旅① 須坂編街並みを巡る旅② 小布施編

高速バスを降りて着いたのは須坂駅前
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電車の時間までまだまだあったため、須坂の街並みを歩いて見学した。 z
そのときの記事はこちらをどうぞ。
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橋上型駅舎の改札では農産物が売られていた。小布施や電鉄長野といった終日係員のいる駅は同じように土産品や農産物が売られていた。売店の延長なのかもしれないけれど風情を感じた。
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須坂は屋代線(2012年に廃止)の分岐駅であると同時に車庫が併設されている駅で、ちょうど特急列車二本が入換を行っていたので駅の近くの歩道橋で写真撮影。ゆけむり(左)は小田急ロマンスカーのお古、スノーモンキー(右)は成田エクスプレスのお古だ。
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以前は4番乗り場が屋代線のホームだったようだ。
今回は下り、信州中野行きに乗車。小布施を出ると沿線の景色ががらっと変わり、山の近くを通ることから、長野電鉄が南北に広がる長野平野の淵を走っていることを実感する。
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信州中野では運行系統が一部の時間帯で分断されており、2両編成の列車に乗り換える。
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信濃竹原で対向の特急を通過待ちするために停車。
信州中野~湯田中は30‰を越える区間が連続するため、列車にとっても小休止だ。
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湯田中駅の写真右手に見えるのは湯田中駅の旧駅舎である。以前は写真右側のホームに止まっていたのだが、スイッチバックの解消とともに写真左側の駅舎に代わった。温泉地の玄関口として野沢、志賀高原方面のバスに乗り継ぐことができる。(修善寺とか水上とか温泉の玄関口の駅ってどこか独特な雰囲気をまとっている気がする)
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旧駅舎は楓の湯という温泉が併設されており、待合室として使われている。すぐの折り返しには乗らず、楓の湯で汗を流す。
折り返し、駅のホームに待っていたのはこの車両
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好きな方は写真を見ただけでわかるかもしれない。小田急ロマンスカーHiSEとして小田急の顔として活躍した後、長野電鉄で特急ゆけむりとして余生を送っている1000形(小田急時代は10000形)である。
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(過去の写真より)小田急時代から編成は短くなったものの格式の高さは当時のままだ。
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車内も小田急時代から全く変わっていない。ロマンスカーは中学生の頃に家族旅行で乗ったので10年以上も前になる。
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初めて乗ったときはこの辺の設備の貴重さがわからなかったのだが、わかるようになってからは栓抜きが車内にある電車がなかなか無いという…。
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前面展望で車窓を楽しませてもらった。志賀高原を見ながら、列車はずっと下り勾配を走り続ける。
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一旦、ゆけむり号を降り小布施で途中下車 小布施編はこちら
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小布施の駅からは晴れていれば北信五岳の峰々がよく見えるそうだが、あいにく山の稜線がかろうじて見える程度であった…。
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また、小布施駅には電車の広場が併設されており、2011年で運用を終了した2000系D編成が展示されている。
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小布施から再び電鉄長野行きに乗車。だんだんと住宅地が増え、長野駅の3つ手前の善光寺下駅から列車は地下を走る。1981年の連続立体交差事業で長野電鉄線を地下化、地上を走っていた用地を片道三車線の長野大通りとして長野市北部とのアクセスに一役買っている。
終点電鉄長野駅では、現役時代は顔を合わせることがなかったような列車の組み合わせを見ることができる。

追記:このほかに長野電鉄線の地下区間と電鉄長野駅についていくつか写真を撮っているが、それはターミナル探訪シリーズでまとめる予定なので、しばしお待ちを…。

この旅が気に入った方はこちらの旅もどうぞ。
いしが2019年春にしなの鉄道を使って野沢温泉方面へ出かけています。
しなの鉄道しなの線【長野2019①】
(このページの作成者 てら)

こんにちはてらです。
今回は三重県の三岐鉄道に乗ってきました。
なぜ、三重に…?と疑問に思っている方もいるだろうが、このブログの趣旨から楽しみにしてくださっている方には申し訳ない理由で、場所というよりも今回は車両が主な目的だ。

三岐鉄道は西武鉄道のお古が走っている路線である。西武の車両が走っている私鉄というのは少なくないのだが、ここは一部が復刻塗装車として西武時代の塗装で走っているのだ。
大阪生まれ東京育ちの私にとって西武鉄道はお世話になった身近な存在である。そんななか西武鉄道時代の塗装を残しているの車両が身近で走っているとなると乗りにいかない手はない。
(細かい話になってしまうが、三岐鉄道を走っている車両が西武鉄道に在籍していたのは1990年代で、当然私は生まれて間もないので記憶もないのだが…)
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大阪から近鉄特急に揺られること1時間余り、四日市駅から普通列車に乗り換えてすぐのところに近鉄富田駅はある。

近鉄富田から三重県の員弁(いなべ)地域を南北に走り西藤原まで至るのが三岐線だ。
写真右側の列車に乗り込んで乗り鉄スタート。高校が夏休みという事もあって学生が少なく静かな車内だった。
三岐鉄道が「近鉄富田」と他社の駅名を使用しているのは、近鉄富田駅近くにJRの富田駅があることに起因している。また、40年以上前はJR(当時は国鉄)の方の富田駅に列車が乗り入れていた経緯があり、誤乗を防止する意味合いで「近鉄」を冠している。2019年現在はJR富田駅に乗り入れる列車は貨物列車を除いて一本もない。
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途中、黄色い電車を撮るべくちょっと有名な撮影ポイントのある山城(やまじょう)で下車。
もっと上の世代の人(失礼)にとっては西武といえば赤電と呼ばれる赤とベージュの塗装なのだろうけれど、自分にとって西武といったらこの塗装なのだ。

近鉄富田でこの復刻塗装車が折り返しで西藤原行きになるので駅に戻って電車を待った。
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折角なので、終点の西藤原まで乗りとおすことに。
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車内を見渡すと、あちこちに西武鉄道時代からのステッカーサインがある。非常用ドアコックの案内なんかは今でも西武の一部車両でみることができる。
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車内は中づり広告の代わりに、西武鉄道時代の写真や復刻塗装の施工行程の写真などが貼られていた。
西武鉄道時代の姿を再現するにあたり多くの人の想いが込められていることを感じさせられる。
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平野が広がっていた車窓も、終点に近づくにつれて標高に合わせて坂を上っていく。
次第に車窓から鈴鹿山脈の山々を望むことができる。
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終点の西藤原に到着。一日の乗降客数は100人に満たない小さな終着駅だ。この列車も私以外の3人程の乗客はすぐに降りて行ってしまいホームはしんとなってしまった。
駅舎は2000年代に入ってから供用を開始しているため比較的新しく、駅のなかには簡易郵便局が併設されている。
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駅のすぐ近くに藤原岳の登山口があるため、土休日は登山客で駅はにぎわうようだ。
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折り返し時間が迫り、運転士が点検や運転準備を始めている時のひとこま。
天気が悪かったので乗り鉄に専念しようと思っていた矢先、晴れてきたので急遽予定を変更して黄色い電車のお見送りへ。
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西藤原駅を発車する801形。西武鉄道を撮っていたころから感じていたのだが、曇りの日にこの黄色い車体を撮影すると黄色のくすみが強調され辛子色のようになってしまい、あまり映えない。
晴れると黄色の発色がきれいなのでちょっぴりうれしい。

さて、急遽予定を変更したため、次の電車まで50分近く待たなければならない。
駅前を少し歩くことにした。
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駅前には藤原町時代の観光案内図や国定公園の地図が貼られていた。
藤原岳は鈴鹿山脈のひとつに属し、鈴鹿国定公園のエリアにあたる。鈴鹿山脈と聞いてもあまりなじみがないと思うが、東海道新幹線に名古屋から京都に向かって走っていると、鈴鹿山脈の一番北(関ケ原付近)を通り、やがて琵琶湖が見えてくると反対側の車窓は山並みが続いている。新幹線は鈴鹿山脈を避けるようにして走っているのだ。
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駅前も列車の到着前は送り迎えの車が何台か止まっていたがそれも捌けてしまうとひとけが感じられない。駅前の商店では猫が建物の影で休んでいた。
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一本後の電車に乗り込み、私は三岐鉄道を後にした。

オマケ…
写真に見とれ、こんなお土産を購入してしまった…作りがしっかりしていたので乗り鉄を考えていらっしゃる方はぜひ。
三岐鉄道801形 旧塗装復元記念乗車券

追記
記事をぼちぼち書いていて感じたのだが、セメント輸送で栄えた側面がありながらそれに関する見聞や写真が無いのはちょっと反省…。またの機会という事で。

(このページの作成者 てら)

こんばんは、いしです。5月の連休中に、軽井沢から野沢温泉にかけて鉄道とバスで周ってきました。


【行程】
地図の青線①:軽井沢駅→(しなの鉄道しなの線)→田中駅→戸倉駅→長野駅
地図の緑線②:長野駅→(JR飯山線)→飯山駅
地図の青線③:飯山駅(点A)→(長電バス野沢線)→野沢温泉(点B)

軽井沢駅より、しなの鉄道しなの線で長野駅へ向かいます。
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新幹線隣のホームから、小諸行普通列車に乗って出発です。20分ほどで、小諸まで行きます。しなの鉄道は国鉄時代からの車両で運行しているので、トイレが使えない以外は昔ながらの鉄道旅行の雰囲気をそのまま味わえるのが、大きな魅力でしょうか。もっとも、そろそろ新型車両に置き換えられてしまいますが。
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小諸では長野行普通列車に対面乗り換えです。
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長野行のサボが掲示されていました。
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小諸駅から2つ先の田中駅で途中下車。ここから少し歩いたところにある、海野宿という歴史地区へ寄り道します。
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田中駅は木造駅舎です。
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駅の北側にある駅舎から街へ出て、線路づたいに細い道を西へ2kmほど歩きます。途中いくつも分かれ道がありますが、標識が出ているので迷いにくくなっています。
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踏切そばの宿場町入口にはわかりやすく石が鎮座しています。
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大きな神社が構え、その先は一本の整備された長い道に沿って、昔の街並みが続いています。
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人通りも多く、活気づいていてなかなかの観光スポットでした。

続く。

(このペイジの作成者 いし)

こんばんは、いしです。今回も冬に書いたままになっていた、過去記事の放流です。お付き合いください。

路線図
を見れば一目瞭然の通り、西武多摩川線は他の西武線からは孤立して存在する珍しい路線です。

是政橋の府中市側の袂から多摩川線は発車します。府中市のコミュニティバス「ちゅうバス」なら是政駅というバス停が最寄り。
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多摩川線はラッシュ、データイムの区別なく、終日4両編成が12分間隔で運転。列車交換は白糸台駅と新小金井駅で行われ、塗装の異なる3編成が運用につきます(競艇場前駅の交換設備は廃されています)。
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乗車したのはこの編成。撮影は是政駅です。平日の午前に乗車したため、乗客は各車数人といったところ。ワンマン運転のため運転士がドアーを閉めて、武蔵境駅へ向かいます。
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白糸台で下りと列車交換をした後、上の写真の多磨駅では近くにある外大生や地元の人たちが乗車し、車内はだんだんと活気付いてきます(注1)。

結局、武蔵境駅に着くまで乗車してくる一方で、中央線への強い旅客流動を感じます。一応、是政駅から2つ目の白糸台駅は、京王線の武蔵野台駅まで徒歩乗換えが可能で、車内の自動放送で案内もされていましたが(注2)。

終点の武蔵境駅は多摩川線ホームに入線。エスカレータを下って改札階に到着です。多摩川線の改札よりも中央線への乗換専用改札の方が規模が大きく、ここからも中央線への乗継需要の高さが伺えました。


注1:写真は別日撮影。
注2:一方、京王線の車内では、西武線への乗換案内放送がありません。

(このペイジの作成者 いし)