旅に、出た。

鉄道乗ったり、島行ったり。学生時代からの友人との、共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

どうもてらです。
前回取り上げました、街並みを巡る旅①須坂編はこちらをどうぞ

小布施は須坂の街並み保全とはまた違った形で町おこしを行っている地区である。
前回取り上げた須坂は日本画家の東山魁夷ゆかりの地であったが、小布施は浮世絵師の葛飾北斎とゆかりが深く、昭和50年代に葛飾北斎の作品の離散を防ぐべく北斎館をはじめとする美術館が建てられた。
北斎館を取り囲むように修景し回遊できる街並みづくりを行った。
同時に地場産品のアピールを進め、町内では栗を使った菓子店が軒を連ねる。
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長野電鉄に長野から乗ること30分程で、小布施に到着。
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修景地区は駅から10分程度のところに固まっており、歩いて回れる観光地だ。s__MG_3878 (1)
このように街を歩けば栗を使った和菓子店が軒を連ねている。写真の道である403号線は松本方面と新潟方面に通じており、前回取り上げた須坂や小布施は東御、上州、妙高方面(現在の国道292号線、406号線)と松本、新潟方面(403号線)といった道が重複していた地域であり、古くから人の往来があった地域のようだ。
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そのなかの一店舗、竹風堂さんで栗おこわの定食をいただく。
お箸の袋に各メニューの説明が書かれており読み入る。なによりちょっと塩辛めのおかずが甘い栗おこわとよく合う。
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土産物店もこの通り雰囲気たっぷりである。修景地区として30年以上たった今、古き街並みとして見まごうほどだ。二枚目は小布施では珍しい日本酒の専門店だ。
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北斎館の周りは広場のようになっており、料理店や和菓子店が向かい合ってい並んでいる。ちょうどこの写真の地域を中心に修景によるまちづくりが行われている。
もともとはこの辺りは田んぼだったそうだが、美術館が複数点在していること、長野新幹線や上越道の開業を控えていることなどを機に、街並みを修景(=ある一定の意匠にそったデザイン)により整える街づくりで町おこしを行った。現在でも北斎館をはじめ年間120万人近い観光客が訪れる。
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路地を入ると小布施堂の店舗の脇に出る。小布施堂のお菓子は全国の百貨店などでも出張販売を行っているので小布施についてちょっと気になった読者の方はお菓子から入ってみるというのもありかもしれない。(自分はこう見えて甘党なので家族へのお土産は和菓子になることがなぜか多い)
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最後に栗の小径で一枚写真を撮って小布施を後にした。
街並みをめぐる旅③につづく

(このページの作成者 てら)

どうもてらです。
今回は長野電鉄沿線の街並みを巡る旅をしました。

今回、大阪からの夜行バスに揺られ、降りたのは長野県の須坂市。長野市の右隣に位置し長野駅から電車で20分程度のところである。駅前は橋上駅舎に複層階のスーパーと、典型的なベッドタウンのようなところであった。
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しかし、駅前の通りを抜けて一本路地に入ると…。
蔵の街並みが目の前に広がる。もともと、須坂は明治初期から製糸で栄えた街で、当時の商家の建物や蔵の多くが残されている。
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須坂クラシック美術館 明治初期の建物を美術館に改装している。ここより、銀座通りを道なりにいくと、徒歩10分圏内に古き街並みが保全されているので、順をおって紹介する。
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クラシック美術館付近から東側を向くと、町屋と蔵が並ぶ通りが続く。
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明治初期の製糸家 観光交流センターを兼ねている。正面に写っている3階建の蔵はまゆを貯蔵するまゆ蔵と呼ばれ、製糸業で栄えた街で見ることができる。
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蔵を改装したブティック。
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店舗だけでなく集会所や観光施設など、いろいろな建物にリノベーションされている建物が目立つ。
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手前に建つ西田屋は、明治初期の黒塗りの蔵店。隣の山下薬局は江戸末期の造りで、当時から薬屋であり、近隣の藩とも取引があったそうだ。屋根の段にも特徴がある。

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小田切家 製糸で栄えた須坂らしく、長屋門のある商家と蔵が併設されている家である。
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最後に、私は墨坂神社へ向かった。銀座通りから伸びる参道と鳥居
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墨坂神社の本殿。墨坂神社はもともと奈良県の榛原に位置する神社であるが、大和地域の部族が須坂付近に移住した際に、墨坂神を遷祀したそうだ。

街並みを巡る旅② につづく。

(このページの作成者 てら)

こんばんは、いしです。

新潟県の佐渡島へは、現在2本の航路が本土から通っています。1つは新潟〜両津のメイン航路。もう1つは直江津〜小木航路(1日2便)。佐渡島からは、直江津小木航路で帰路につきました。
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佐渡側の玄関口、小木港には2航路が描かれていました。左側が今回乗車する直江津小木航路です。国道350号に指定されているんですね。いわゆる、海上国道です。海上国道ですと言えば、鹿児島から那覇に至る58号を思い浮かべますが、ここも立派な国道でした。
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小木港では、観光客と地元客が入り交じって、船の改札を待っていました。

直江津小木航路には、現在、高速カーフェリー「あかね」が就航中。5,700トンもある船体ながら、30ノットで進みます。ジェットフォイルに比べたらかなり遅いですが、それでも船としては中々速い部類ではないでしょうか(少なくとも自分が乗った中では俊足)。
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夏の夕空をバックに、乗船が始まりました。写真は船の後方デッキから。デッキに出れるのは後方の一部スペースだけなので、結構な人数がここに集まっていました。

車の乗船も始まっています。
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乗船が終わって程なくして、出港です。だんだんと佐渡島が遠ざかっていきます。このスピードが演出する「お別れ」感が船旅の醍醐味です。日常生活では、何かからゆっくり別れる事があまり無いですから。

フェリーあかねの船内は、全席指定。満員に近かったため写真は撮れませんでしたが、造船からまだ日が浅い事もあって、船内はトイレを含めて清潔です。キッズルームもあって子どもの声も聞こえていました。

全席指定で全席座席なので、フェリーあかねのは横になれる場所を予約することは出来ません。とは言っても一応横になれる座敷スペースは用意されており、具合が悪くなった人に限って船員に申し出れば利用ができます。本土の直江津港に接岸したときに覗いたら、結構な人が使っていました。全く揺れない航海で快適そのものでしたが、利用はあくまで自己申告ですから。

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最後は直江津港で船首を1枚。

この後は直江津港から接続の頸城バスで直江津駅へ(バスは上越妙高駅まで行って新幹線接続も行います!船が高速移動の需要も掴んでいる証拠ですね)。
長かった佐渡島の旅も終わり。帰路につきました。

(このペイジの作成者 いし)