旅に、出た。

鉄道乗ったり、島行ったり。学生時代からの友人との、共同旅ブログ

乗り物好き若手リーマン2人、それぞれの旅行記録

どうもてらです。
富山地方鉄道立山線に乗り、駅周辺を散策しました。立山線の様子はこちら
折り返しの列車まで時間があるので、駅前を簡単に散策した。
立山駅は立山ロープーウェイの乗り換えができるためアルペンルートの玄関口として多くのハイカーが見られた。
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富山地方鉄道の改札を出ると、西口に出る。
折角なので、東口側に回ってみる。
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東口側の方が大きなロータリーがあり、観光客向けの駐車場も多く用意されている。
東口側はアルペンルートの切符売り場がすぐのところにある。ロッジ風の建物の二階は土産屋と食堂だ。
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駅前のロータリーには商店や軽食店が軒を連ねている。
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こちらは駅前のロータリー
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国土交通省立山砂防事務所が併設している博物館に入館した。
立山を源流として富山湾にそそぐ常願寺川は、その急流からたびたび水害を起こしていた。常願寺川流域の工事を行うべく、資材の運搬などにトロッコが使われているのだが、それに関する資料などが展示されている。
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博物館の隣には砂防事務所があり、砂防鉄道もここから発着しているのだが、この通り、観光客や一般客の利用は想定されていないため、私たちが砂防鉄道に乗ることはできなくなっている。
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郵便貯金や記念スタンプコレクターにはたまらないのだろうけれど、山荘内に簡易郵便局が開局されているのは初めて見た。登山客向けの簡易郵便局はこのような形をとっていることが多いのだろうか…。
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駅の周りを一周して改札の前に戻ってきた。来た道を戻るべく電鉄富山行きに乗り込む。

追記:立山町の中心地は立山線の五百石駅付近なのだが、折角駅前を歩いたということもあり、自治体探訪記として挙げさせていただいた。
(このページの作成者 てら)

どうもどうも。てらです。
先日の街並みを巡る旅シリーズの翌日は富山へ。
長野から富山へ移動する旅行が成立するんだから新幹線はすごいっすね。
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本来であれば上滝・不二越線を撮り鉄する予定だったのだが、あいにくの雨。撮りたい車両も平日はいったん入庫してしまうため、予定を変更して立山線を乗り鉄することに。
特急立山号に乗車。富山~寺田間は地鉄本線を走るのだが、列車密度が多いことに加えて、一線スルーの駅が無いこともあり、駅間で力強く加速したのちに駅の手前でグーンと減速する繰り返しがなかなかにスリルがあった。
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岩峅寺までは富山平野を延々と走っているのだが、平野部が途切れると一気に景色が変わり列車は勾配を登る。車窓に見えているのは常願寺川である。
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常願寺川を渡る箇所で減速の上、アナウンスをしてくださったのだが、ここまで濁っていることも珍しいそうで…。ちょっと残念な景色である。(千垣~有峰口)
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有峰口を出ると本格的に勾配と曲線がきつくなる。
終点の立山駅に到着する直前にもう一度常願寺川を渡る。あいも変わらず濁っている…。
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50分程度で終点の立山に着いた。行楽シーズンは岩峅寺~立山の区間で一部の列車が増発されており、奥の列車はほどなく発車していった。奥に停車している14720形は2019年12月末を持って運行を終了する予定だ。
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食堂や土産店を併設されており、アルペンルートの拠点の一つとしての機能を持つ立派な駅舎である。
立山駅周辺を小一時間ではあるが散策しました。詳しくはこちら
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そのまま、折り返し列車に乗って富山まで行くのももったいないので、本線と立山線の合流点にあたる寺田で少し撮影。ちょっと変わった配線の駅だ。真ん中の建物は駅舎として使わていたようだが現在は使われていない。
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色褪せた看板…。黒部はまたの機会にお邪魔します。
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Y字型のホームの奥が地鉄本線、手前が立山線。写真左が富山側、右が立山、黒部側になる。
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立山線は左側通行ではなく右側通行になっているため独特の配線だ。
4番線に入線する立山行き。
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大和百貨店、北陸地盤の百貨店なので、とっさに駅名表と絡めて一枚撮ってしまった。
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寺田から富山行きに乗り込むと、たまたまレッドアローが来てくれた。普通運用だとヘッドマークが無くて少し拍子抜けである。終点の電鉄富山で一枚撮って、次の目的地へと私は急いだ。

(このページの作成者 てら)

どもども てらです。
長野電鉄長野線沿線の街並みを巡る旅をしてきました。この記事では長野電鉄の乗り鉄を総括した記事を書きます。
それ以前の記事…街並みを巡る旅① 須坂編街並みを巡る旅② 小布施編

高速バスを降りて着いたのは須坂駅前
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電車の時間までまだまだあったため、須坂の街並みを歩いて見学した。 z
そのときの記事はこちらをどうぞ。
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橋上型駅舎の改札では農産物が売られていた。小布施や電鉄長野といった終日係員のいる駅は同じように土産品や農産物が売られていた。売店の延長なのかもしれないけれど風情を感じた。
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須坂は屋代線(2012年に廃止)の分岐駅であると同時に車庫が併設されている駅で、ちょうど特急列車二本が入換を行っていたので駅の近くの歩道橋で写真撮影。ゆけむり(左)は小田急ロマンスカーのお古、スノーモンキー(右)は成田エクスプレスのお古だ。
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以前は4番乗り場が屋代線のホームだったようだ。
今回は下り、信州中野行きに乗車。小布施を出ると沿線の景色ががらっと変わり、山の近くを通ることから、長野電鉄が南北に広がる長野平野の淵を走っていることを実感する。
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信州中野では運行系統が一部の時間帯で分断されており、2両編成の列車に乗り換える。
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信濃竹原で対向の特急を通過待ちするために停車。
信州中野~湯田中は30‰を越える区間が連続するため、列車にとっても小休止だ。
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湯田中駅の写真右手に見えるのは湯田中駅の旧駅舎である。以前は写真右側のホームに止まっていたのだが、スイッチバックの解消とともに写真左側の駅舎に代わった。温泉地の玄関口として野沢、志賀高原方面のバスに乗り継ぐことができる。(修善寺とか水上とか温泉の玄関口の駅ってどこか独特な雰囲気をまとっている気がする)
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旧駅舎は楓の湯という温泉が併設されており、待合室として使われている。すぐの折り返しには乗らず、楓の湯で汗を流す。
折り返し、駅のホームに待っていたのはこの車両
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好きな方は写真を見ただけでわかるかもしれない。小田急ロマンスカーHiSEとして小田急の顔として活躍した後、長野電鉄で特急ゆけむりとして余生を送っている1000形(小田急時代は10000形)である。
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(過去の写真より)小田急時代から編成は短くなったものの格式の高さは当時のままだ。
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車内も小田急時代から全く変わっていない。ロマンスカーは中学生の頃に家族旅行で乗ったので10年以上も前になる。
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初めて乗ったときはこの辺の設備の貴重さがわからなかったのだが、わかるようになってからは栓抜きが車内にある電車がなかなか無いという…。
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前面展望で車窓を楽しませてもらった。志賀高原を見ながら、列車はずっと下り勾配を走り続ける。
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一旦、ゆけむり号を降り小布施で途中下車 小布施編はこちら
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小布施の駅からは晴れていれば北信五岳の峰々がよく見えるそうだが、あいにく山の稜線がかろうじて見える程度であった…。
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また、小布施駅には電車の広場が併設されており、2011年で運用を終了した2000系D編成が展示されている。
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小布施から再び電鉄長野行きに乗車。だんだんと住宅地が増え、長野駅の3つ手前の善光寺下駅から列車は地下を走る。1981年の連続立体交差事業で長野電鉄線を地下化、地上を走っていた用地を片道三車線の長野大通りとして長野市北部とのアクセスに一役買っている。
終点電鉄長野駅では、現役時代は顔を合わせることがなかったような列車の組み合わせを見ることができる。

追記:このほかに長野電鉄線の地下区間と電鉄長野駅についていくつか写真を撮っているが、それはターミナル探訪シリーズでまとめる予定なので、しばしお待ちを…。

この旅が気に入った方はこちらの旅もどうぞ。
いしが2019年春にしなの鉄道を使って野沢温泉方面へ出かけています。
しなの鉄道しなの線【長野2019①】
(このページの作成者 てら)